「お綺ちゃん」という美傘の声で眼を醒まし、旦那さまに戴いた服に着替え、爨で食事を貰い、宿の掃除をする。

なにも変わりはしなかった。寒菊さまは、私を傍に置いてはくれなかった。

 玄関前の掃除をしていると、「手前」と鋭い声がした。藍さんだ。振り返るより先に髪を鷲攫みにされた。冷たく燃えた光が見つめてくる。

 「いい加減にしろよ」

 「なんのことですか」

 「なぜこちら側に接触する」

 「寒菊さまが怪我をされたのです」

 「それでなぜ手前がでしゃばるか」

 「口の端には出血も見られました」

 「彼奴は人ではない、自らの力でどうにでもできる」

 「私は寒菊さまの血がなんであるかを存じません」

 「化け物の血さ。全ての生きた魂を喰らう、化け物の血だ」

 よほどの力を持っているといいたいのか。

 「しかし、怪我をしておられれば放っておくわけにもいきません」

 「善人を気取るな」と藍さんは手に力を籠める。

 「手前は宿の者だ。寺に出入りするな」

 「では寒菊さまを傷つけないで下さい」

 「私がやっているというのか」

 「そうでもありませんが、寒菊さまを好ましく思っていないように見受けられます。寒菊さまを傷つける者がそちらにいるのは確かです。その動きを封じて下さい」

 「なぜそこまであの化け物の味方をする」

 「一方的な力が腹立たしいのです。他人は寒菊さまだけですね、ではなぜ、暴行する者と対等な者がなにもしないのです。その袋を破る者が必要です。藍さんがそうして下さるのなら、私はそちらへ首を突っ込まずに済みます」

 「悪いのは彼奴の方だ」

 「それでも殴る必要がありますか。共通の言語を操れる者同士、なぜその能力を使わぬのです」

 「言葉で足らぬからそうするほかないのだ。手前にこの憎しみはわかるまい。それでいい、わからぬのなら黙っていろ。然もなくばつまみ出す。また行き場のない孤独な日々だよ、懐かしいかえ」

 「寒菊さまの安全を確保するまで、私はここにおります」

 醜くても構わない。詛われたっていい。どれだけ憎まれようと、こちらもまた同等以上憎み詛っている。恐怖など抱えるほどもない。

 「醜い女」と藍さんは忌まわしげに顔を顰める。「よく似ていますね」と笑いかけると、感情に支配された眼に睨まれ、頬を強く打たれた。

 「手前……」碌な死に方しないわと彼女は喚いた。