「お綺ちゃん」という美傘の声で眼が醒めた。瞼を開くと美傘が衝立の端からこちらを窺っていた。「起きられる?」という声に頷いて体を起こす。

 障子を開けると、空は仄白く溶け始めていた。

 「今日もよく晴れそうだ」

 「そうね」

 「美傘の出番も多いのではないか」といって振り返ると、彼女ははにかんで見せた。

 「宿での仕事はどれほどあるんだ?」

 「掃除と炊事と接客ね。私はこれだから、接客をやらせて戴いているわ。お綺ちゃんは選び放題よ」

 「炊事も接客も自信がない」

 「私としては一緒に接客をやりたかったわ、残念」

 「昨日の様子を思えば、鳩司も接客か」

 「ええ、そうね。すっかり、お客さまに私たちをお渡しするのが役目になっているわ。でも彼のことだから、あちこちに顔を出してはやいやい騒いでいるわね」

 「さぞ疎まれていることだろうね」というと、美傘は「怖いことをいうのではありません」と笑った。

これは鳩司と気が合いそうだと思ったけれど、あのとき、美傘は私の傘をしていたのを思い出した。

 私は衝立の中へ戻って着替えた。昨日、旦那さまに箪笥と共に服も戴いたのだ。

 「旦那さまは気前がいい」と呟くと、「そうでしょう」と美傘が笑った。

 美傘と二人身なりを整えて部屋を出ると、鳩司もまた隣室から出てくるところだった。彼は「眼醒めたか、人の子」と特にふざけているわけでもなさそうに笑った。