「なぁエマ」

水汲みから帰ってくると、完成した花提灯を手に持ったコクトに呼び止められた。


「試しに一つ飛ばしてみてもいいか?」

「いいけど。どうしたの?」

「ちゃんと飛ぶか確かめるついでに、あいつらに連絡する」

そう言いながら、花提灯に何か粉のようなものを振りかけていた。

「これ見たら誰か連絡くれるだろ」

コクトが指を鳴らすとロウソクに火が灯り、空に舞い上がった。


エマは石段の上にバケツを置いて、その隣に座った。

「今何かけてたの?」

「あやかしが連絡を取り合う時に使うものだ。人間で言うところの手紙みたいなもので」

エマの正面に来たコクトが、ふと立ち止まった。


「ん?」


雲の隙間から顔を出したオレンジの陽がエマの座る場所を照らし、コクトはそれをじっと見つめていた。

思わず合った視線を逸らせなくなったエマの体は固まったまま動かない。

「え、なに」

ゆっくりと距離を詰められ、コクトが石段に足をかけたところで口を開いた。


「お前……あやかしの子か?」

「……へ?」

あやかしの子?初めて聞く言葉に戸惑っていると、強い力で押し倒された。

「ちょっ!?」

抵抗するエマの腕が隣に置いてあったバケツに当たり、入っていた水が勢いよく零れた。

それに構うことなくコクトの手が首元に触れ、探るように指を這わせる。

「首にはない……どこだ」

そのままコクトの視線がエマの着ていたワンピースに移り、スカートの裾を掴んだ。

「悪い、ちょっと足見せて」

「あし……?」

涙目になったエマが押さえていたスカートの隙間から見える素足にコクトの手が触れた。

「っ……!」

細い指に厚みのある手のひら、優しく扱うように冷たい体温が伝わってくる。
コクトが迷わずエマの左の内太ももに手を当て、そっと擦ると今まで何もなかったはずの肌に模様が現れた。

「あった。ヤツデの刺青」

「なに、これ」

自分の足に現れた模様を初めて見たエマは目を疑った。

「ヤツデの刺青。本来はあやかしの中でも天狗の首元にある模様だ」


コクトと初めて会った時、首元で見つけた模様があった。あれはヤツデの刺青だったんだ。
それが私にもあるということは……。


「ただ、エマの瞳は緑だし、あやかしが使える力も使えない。見た目も普通の人間と変わらないし……やっぱりお前、人間とあやかしの間にできた子どもだろ」

人間とあやかしの子ども……?私が?

「そんなこと言われても、私の両親はもうこの世にいないから分からない」

戸惑いながら口にした言葉は、ぽろりと下に落ちた。
コクトは掴んでいた手を離し、エマから距離をとると零れた水を片付け始めた。

「だったらあの祖父さんにでも聞けよ。あの人、何か知ってるように見えたぜ」

お祖父ちゃんが?
確かに私の両親のことを知っているのはお祖父ちゃんしかいない。



「本当にエマがあやかしの子なら、これまでの行動の効果にも納得がいく」

「どういうこと?」

倒れたバケツを起こし、神社に目を向けたコクトはそのまま言葉を続ける。


「普通に綺麗にしただけじゃ神社にかけられた祈りの呪いは解けない。だから当然俺は中に入ることはできないと思っていたが……掃除をしたエマに何かしらの力があるのか、呪われているはずの神社に入ることができた」

そう言って近くにあった壁に手を伸ばしても、コクトの身には何も起きなかった。

掃除をしている時は何も感じなかったけれど、私は無意識のうちに力を使っていたのだろうか。


「それに、あの花提灯。エマが作ったものは強い力を持っている。街人の"あやかしを追い出したい"という願いを実現させるほどの力だ。現状、街の復興を願う声よりも多かったそっちが優先されていると言ったところか」


やっぱり私のせいだったんだ。花提灯じゃなくて、全部、私の……。
自分にそんな力があったなんて知らなかったけれど、私が原因で街を、人を、あやかしを苦しめていたんだ。

もしも本当に私があやかしなら、この街にはいられなくなるかもしれない。
誰もが嫌っているあやかしが花提灯を作っているなんて知ったら、みんなはどう思うんだろう。
……コクトは、どう思っているんだろう。
そう考えると、自然と視線が彼を追っていた。


「コクトは、私があやかしの子どもだったらどうする?」

ひとりごとのように呟いたつもりだったけれど、相手にはちゃんと聞こえていたようで。


「俺は別にどうでもいい」


相変わらず私には興味を示さない様子で答えた。

私のせいで自分たちが出て行かなくてはならない状況に追い詰められたのに、どうでもいいなんてことはないと思う。

これからどんな顔をしてコクトと会えばいいのだろう。私ができる範囲の掃除は終わったし、もうここへ来ない方がいいのかもしれない。



俯いたまま立ち上がったエマを見たコクトは、彼女を呼び止めた。

「言っとくが、自分のやったことをそんなに深刻なものとして捉えない方がいいと思うぞ」

「え?どうして」

不安が消えないエマの顔を見たコクトはため息を零した。


「今ここにいないあやかしたちは、他の街に行って羽伸ばしてるからだ」


「……え?」


この街を追い出されたあと、彼らは色んな街を巡って好きなことをしていると教えられた。
温泉に行ったり、海を見に行ったり、他の街のあやかしに会いに行ったりと、自由に過ごしていると連絡が来たらしい。


「だから言ったろ?深刻に考えるなって」

まるで旅行に行ってるみたい。通りで神社に残る一人をじゃんけんで決められるわけだ。


曇っていたエマの表情が少しだけ軽くなった。


「でも、私が追い出したことには変わりないよね?」


「追い出されてもあやかしたちは困ってねぇよ。街を出てあやかし自身に不利益なことはないからな」


それはつまり、あやかしが街にいなくなって困るのは人間だけということ。


「エマがあやかしたちをこの街へ戻したいって言うなら止めやしない。でも、今のままじゃ誰も帰って来ねぇよ」


『この街は私にとって大切な居場所だから、守りたい』

涙ぐんで自分がそう言ったことを思い出す。
あやかしたちにとって、ここに留まるか否かは重要なことではなくて。けれど人間は、この街は、あやかしの力がないと存続は不可能。

コクトに言われて私が掃除をしたから、あやかしたちが帰って来られる準備はできているんだ。
あとは街の人をどうにか説得できれば……。


目の色を変えたように考え込んでいるエマを見たコクトは鼻で笑った。

「なんだ。落ち込んでんのかと思ったけど、ちゃんと前向いてんじゃん」

その声でエマは瞳に街を映した。

「あやかしたちが伸び伸びできているみたいで安心したから」

それに、私がやるべきことが何となく分かった気がする。