❀.*・゚
これ、一日じゃ終わらない。
床の埃や煤の汚れを取るだけでかなりの時間と労力を消費した。
明日以降も掃除しに来ていいか聞いてみよう。
エマは暗がりの中から出て、夕日の照らす地面へ足をつけた。
うわ……さっきまで暗かったから分からなかったけれど、洋服が汚れてる。これは帰って洗濯しなきゃ。
顔を上げると、神社周りの掃き掃除をしているコクトを見つけた。
面倒だと言ってサボるかと思っていたけれど、ちゃんとやるんだ。
そんなことを考えていると、彼と目が合った。
「ん、終わったのか?」
箒を持ったままこちらに近づいてくる。
掃除をするからジャケットを脱いだんだろうけど、その格好に箒は似合ってなくて、なんだか笑えてしまう。
「それが今日中に終わりそうになくて。明日も来ていいかな?」
「もう嫌だって言うかと思ったけど」
「大変ではあるけど、掃除なら私にもできるし。あやかしたちが帰ってこられるようにしたいって思ってるのは本心だから」
そう言った私を意外そうに見つめてきたコクト。
家にいた時は偉そうな態度をとっていたけれど、ここへ来てからはやけに落ち着いている。人の姿になったからなのか、それとも仲間がいなくて寂しいからなのか。
どちらにしても、その差に驚いたことには変わりない。
「お前さっきからこっち見すぎ」
「あたっ」
一瞬何が起きたのか分からなかったけれど、額に残る痛みで理解した。
「なにするの!」
「間抜けな顔してるお前が悪い」
コクトは私の手にあった箒を奪い取り、自分のと合わせて壁に立てかけた。
「作業は終わりだ。帰るだろ?送ってく」
「あ、ありがとう」
さり気なくそう言ってくれる優しさが、容姿と相まって余計に紳士的に見える。
花提灯の影響で今はまだ神社に入ることができないけれど、掃除すれば触れられるようになるのだろうか。
私はコクトの代わりに扉の鍵を閉めた。
「あれ、コクト?」
一瞬の隙に姿を晦ました彼を探していると、
「おい、帰るぞ」
後ろで声がして、振り向くとミニコクトが宙に浮いていた。
「また小さくなったの?」
「山から離れるとあやかしの力は弱まるからな。街に下りる時、人間の姿だと一分もたない」
私は、小さな羽をひらつかせているコクトの分身と山を下りることになった。
佇む木々の隙間から夕焼けの光が差し込み、優しく照らされた山道を踏みしめる足音がひとつだけ響く。
「コクトは普段山で寝てるの?」
「あぁ。あそこ以外に行くとこないからな」
それでちゃんと休めるのかな。
……あの場所で休まなければならない理由を作ったのは私の花提灯なのだけれど。
私に何かできることはないだろうか。
思い出すのは、部屋にある家のこと。
「あのドールハウスなら自由に使ってくれていいよ」
「人間と同じ家に居ろって?それはごめんだね」
「どうして?」
私の問いに顔だけ振り向かせたコクトは真顔で答えた。
「俺は人間が嫌いだからな」
「……!」
そうだよね。私は何を勘違いしていたのだろう。
あやかしを嫌っているのは人間の方なのに。
話を聞かず、厄災と決めつけ追い払っている。それだけで、人間を嫌う理由には十分だ。
それなら、なぜ人間嫌いの彼は今私と一緒にいるのだろう。嫌いならそもそも街にも下りてこないはず。
もしかして、花提灯を作らせないようにするために絡んでるとか?
ん……?花提灯を作らせないように?
「あー!」
「なんだよ、うるさいな」
「花提灯!神社の掃除してたら忘れてた!」
このまま明日も明後日も掃除を続けていては花提灯が祭りまでに仕上がらない。かと言って掃除を途中で投げ出すわけにもいかない。
どうしよう。あれ作るの一人だと一ヶ月はかかるんだよね。
仕事があるお祖父ちゃんに手伝ってもらうのも申し訳ないし、帰って作業の続き……をする体力はもう残っていない。
頭を抱えるエマを見たコクトは軽くため息を吐いた。
「手伝ってやるよ」
「え、なにを?」
「お前の仕事をだよ」
舌打ち混じりに言われても、私は混乱したままだった。
「コクトはお祭りを中止させたいんじゃなかったの?」
「俺が言ったのは、祈ることを止めろという意味だ。それをしないのなら祭りをやったって問題ない」
思い返してみると、確かにお祈りごっこを中止しろと言われていた気がする。あれ、でもその後はやっぱり祭りを中止しろって……。
「手伝ってほしいのかほしくないのか、どっちだ!」
「手伝ってほしいです!」
勢いのまま返事をしてしまった。
手伝ってもらえるのはありがたいけれど、本当にいいのかな。
ここにきて益々彼のことが分からなくなった。
人間嫌いなのに私といるし、祭りを中止させたいのに花提灯作りを手伝ってくれると言うし。
「ほら、着いたぞ。さっさと帰れ」
結局詳しい話は聞けないまま、明日から花提灯を作ってもらうことになった。