「皆さんに、聞いていただきたい話があります」

人が行き交う街の広場に立って声をあげた。

「エマちゃん?」
「あら、どうしたの?」

その一声で、街の人々は足を止めてくれた。
家や店にいた人も顔を出してくれている。
集まる視線に目を逸らしたくなるけれど、グッと踏ん張って前を向いた。

「来週行われる花提灯祭りで、あやかしのことを願うのはやめていただきたいんです」

どんなに街の復興を願っても、あやかしを追い払いたいという願いが多ければ現状は変わらない。
私に願いを叶える力があるなら、その内容を変えなければならないと思い、端的に伝えた。


エマの言葉に動揺する人々。
そう簡単に頷いてくれるとも思っていなかった。

「あやかしは、この街をずっと守ってくれていたんです。確かに雨が降らないのは、あやかしが原因です。ですがそれは、あやかしがいないからで」

それから私はあやかしの役目を話し、この街にとって必要な存在だと言うことを伝えた。
信じ難いであろう話を聞いた街の人々はどよめき、それぞれの思いを口にする。


「エマちゃんの頼みでもそれは……」

「言いたいことは分かるけど、またいつ俺たちを裏切るか分からないじゃないか」

「二十年前に起こった山火事は、街を焼きつくそうと企んだあやかしの仕業なんでしょ?」

いつの間にそんな話になって……。
噂が噂を呼び、あることないこと広まっていた。


「違います!あの山火事は」

「エマちゃん。もしかして何か吹き込まれたの?」

「え……」

隣にいた野菜屋のおばさんに言われた。

「だって最近よく山に行くのを見かけるし、本当に出会ってたり」

だめだ。どう説明しても分かってもらえない。このまま話し続けても……。
俯いた頭で次に話すことを必死に考える。


すると一人がエマの後ろを指さした。

「おい!あれを見ろ!」


街人の視線の先には人影があった。
建物の影から妖しく光る瞳を向け、艶のある髪がそっと揺れる。
腕を組み、壁にもたれかかった姿勢のままこちらを眺めていたその人は、影の中から姿を現した。
一歩、また一歩踏み出す足音が、街人たちの意識をそちらへ向かわせる。
品のあるその立ち振る舞いに圧倒され、息を呑む音が聞こえた。

「赤い瞳……人間の瞳は青か緑のはず」
「もしかしてあれは本当に」
「あやかしだ!」

その声に呑まれるように人々はざわつき始める。

不安や怒りの感情が飛び交う中、ただ一人だけ、緑の瞳に焼き付いた彼から目を離さなかった。

コクト……どうして。

彼は人の姿をしていた。
エマの力で人の姿を維持できるようになったとはいえ、人目につく街には近づかないと言っていたのに。

「あいつらのせいで俺たちは」
「厄災の原因だ」
「懲らしめろ」

心ない言葉や小石が投げつけられる。
向けられる視線に胸が締め付けられるけれど、それに構うことなくコクトは真っ直ぐエマを見つめていた。

お願い、やめて。そう言いたくても声が出ない。
音にならない空気が喉に詰まる。指先が震えるだけで体も動かない。

止まることのない言葉に息が苦しくなる。
彼の足も止まらない。
あなたを傷つけるためにこんなことをしたかったんじゃないのに……。


そして、手を伸ばせば触れられる距離まで来たコクトは、エマの頭を優しく抱き寄せた。


もう、大丈夫だ――


その言葉に、ふっと体の力が抜け、意識が遠のく。

エマの目が閉じられ、コクトに体を預けるようにして倒れ込むと、人々の言葉は更に勢いを増した。

「見たか今の」
「あの子に何をしたの」
「〇△□✕%※……」
「███」


もう誰も傷つけないで。
私が望む未来は……。

……!

次の瞬間、不思議と体に力が戻り、全身が熱を帯びたように芯から湧き上がってくる何かを感じた。
それを吐き出すために息を強く吸う。


「やめてください!」


目を見開き、自分の足で立ったエマは、前を向いて叫んだ。
その声に街が静まり返る。

「エマちゃん……その目」

涙を滲ませたエマの瞳は人間の証である緑色と、あやかしの象徴である赤色をしていた。


「私は、人間とあやかしの子どもです」


はっきりと聞こえる言葉に街の人は静かに耳を傾けるだけで、誰一人口を開く者はいなかった。

エマの隣にいたコクトは、そっと彼女の後ろに隠れた。


「私の両親は、私が生まれてすぐにこの世を去りました。
そんな私をここまで育ててくれたのは、お祖父ちゃんと、この街の皆さんです。
私は街にも、皆さんにも、とても感謝しています。
毎日どんなに辛くても、笑顔で言葉を返してくれる。街を彩る花のお世話をしてくれる。生活が苦しくても、誰かのために生き続けてくれている。そんな街が大好きなんです。
だから今度は、私が恩返しをしたい。大好きな街を築き上げてくれた皆さんが、私と関わってくれた皆さんが、幸せに溢れた日々を送れるように。
そのためには、あやかしの力が必要なんです」

エマの瞳が色を変えた瞬間から、少しずつ街が動いていた。
土に埋められた花の芽が蕾をつけ、畑で育つ野菜の苗が雫に濡れ、教会に絡まっていた花の蔓が解け、隠されていたステンドガラスが光り出す。

「見ての通り、私にもあやかしの血が流れています。
そして、この力は誰かを傷つけるためにあるのではなく、笑顔を生むためにあるのだと、私は思います。
皆さんの力になりたいという気持ちは生半可なものではありません。だからどうか、私の作る花提灯に、この街の未来を願って頂けませんか」

身体の前で手を重ね、そっと頭を下げた。

彼女に圧倒されたのか、見惚れてしまうほどの綺麗な所作に言葉を失ったのか、街の人々は愕然としていた。
そんな中、彼女に声をかけたのは群衆の後方で話を聞いていた長老だった。

「素敵なことを言ってくださる若者がいてくれて、この街の未来は安心ですな。彼女の願う未来はとても素晴らしいものになるだろう。私はあなたを信じましょう」

そう話す長老の姿を見て思い出した。
昔私にあやかしのことを教えてくれたのは、この人だ。おとぎ話を繊細に語る、当時は物語の出来事だと思っていたけれど、眠る祈りを訴えるように告げられた話を私は忘れられないでいた。
彼もずっと願っていたのかもしれない。あやかしと人間が作るこの街の未来を。


長老の言葉に続くように人々はエマの考えに賛同し、拍手を送った。
そこから見えた街の表情は穏やかで、止まっていた時間が動き出したように思える。

あやかしに対して抱かれている虚像を完全に取り除くにはまだ時間がかかるだろうけれど、これから少しずつ進められたらいいな。


瞳に映る景色を脳裏に焼き付けながら胸を撫で下ろすと、そっと背中を合わされた。
少し振り向くと、風になびく黒髪が視界に入る。


ありがとう――


感じた温もりを忘れないように、エマはそっと目を閉じた。