マリナラは泥だらけになったラルフを気遣い、水を浴びるように勧めた。
森から領主屋敷に向かう最中、ラルフはついさっき思いついたかのように装って尋ねた。
「ところで、マリナラ殿。我々の結婚式では誓いの口づけを交わすと思うが、あれも200万ダールを支払う必要があるのか?」
「そうですね。儀礼的な口づけは契約に含まれるということで、特例として除外致しましょう」
「ああ、それは良かった」
結婚式での誓いの口づけは長めにしようとラルフは決心した。
「あと確認しておきたいのだが、私から貴女に口づけを求めたら200万ダールを支払うという話だったと思うが、その逆でマリナラ殿が私に口づけを求めた場合はどうなるのだろう?」
「なるほど……その視点はありませんでしたね。支払いは結構です。まあ、ありえないと思いますが」
「ははは。それは良いことを聞いたぞ!!」
ラルフはマリナラの身体を抱き寄せると、そのまま一緒になって草地へと寝転がった。
「な、なにをするのですか!?」
ラルフが下となり受け身をとったのでマリナラには怪我ひとつないが、頭の後ろと背中に添えられた手の力強さは半端ではなかった。
はたから見たらマリナラがラルフを押し倒しているようにしか見えない。
「うーむ、我が妻となる人は大胆だな。このような場所で私に口づけを求めてくるとは。これは男として応じるしかあるまい?」
この演技力でどうしてナイジェルを騙せたのか。マリナラは呆れるどころか怒りを覚えた。
「……卑怯ですわ!!200万ダールを惜しんでこのようなことをするなど!!契約違反です!!」
「ほら、皆見ているぞ。ここは素直に応じた方が良いのではないか?」
一瞬脅しかと思ったが、確かに豚を囲った柵のある方向から無数の視線を感じる。
マリナラはしばらく逡巡したが、とうとう観念した。
「……次に同じことをしたら、唇に噛みついてやりますからね」
「ははは。それは怖いな。夫婦の戯れもマリナラ殿の手にかかれば命がけだな」
マリナラはラルフの顔へと落ちていく黒髪を耳にかけ、そっと唇同士を触れ合わせた。
しかし、ラルフはそれでは許さずマリナラを離さぬようにしかと抱き締めると、唇の形を確かめるように何度も角度を変えて口づけを交わしたのである。
「もう……!!いい加減に……して……!!」
涙目になって訴えられるまで口づけは続けられた。酸欠になるまで応じたのだからマリナラだってまんざらではない。
この後、結婚式でも同じことをしたラルフが叱られたのは言うまでもない。
長すぎる誓いの口づけのおかげでラルフとマリナラはリンデルワーグ王国きっての熱愛夫婦として多くの国民に語られることになる。
☆おわり☆