「マリナラ殿、話があるのだが部屋の中に入って良いだろうか?」

平和が訪れたリンデルワーグ王国王都レジランカは、ラルフとマリナラの結婚式の準備の真っ最中だった。

そんな中、結婚式を10日後に控えた新郎ラルフは神妙な顔つきで、新婦マリナラのいる部屋への入室を求めた。

「ええ、どうぞ」

マリナラは結婚式の招待客一覧に目を通していたところだった。

庶子とはいえ王族のラルフの結婚となると招待客だけで何百人という数になり、振る舞われる料理や酒も膨大な数になる。

マリナラはマガンダとの後処理に追われているラルフの代わりに、その全てに采配を振るった。

「支払いを保留にしてもらっていた1億ダールの件なのだが……」

ラルフがそう切り出すとマリナラのこめかみがヒクリと動いた。

ラルフはレジランカに戻ると王庫に直行し、即座に1億200万ダールを引き出しその場でマリナラに渡していた。

ただ、残りの1億ダールの支払いは結婚式まで待って欲しいと懇願していた。

「出兵すると国から褒賞金が支払われるのだが、それが思いのほか少なくてな。
兄上に伺ったところ、単独行動をして騎士団を無用な混乱に陥れた罰ということで褒賞金が出るどころか罰金されていたのだ。
だから……」

マリナラははあっと大きなため息をついた。

「支払いができないというのであれば、二つ目の契約の方は破棄ですわね」

「それは困る!!」

ラルフはチェストの引き出しから契約書を取り出し破り捨てようとするマリナラを静止した。

マリナラは引き出しに契約書を戻し、今度は悲しそうに目を伏せた。

「私、少し感動しておりましたのよ」

マリナラは声を震わせながら訴えた。

「金はいくらでも払うから私を買いたいという方はこれまでも何人もいらっしゃいました。けれども、1億ダールという金額を提示すると皆さん途端に私を怒鳴り散らすのです。ただの小娘のくせに1億ダールも払わせるなんて思いあがりも甚だしいと……」

マリナラは自分の価値観を信じている。

「自分で自分につけた1億ダールという価格は私の誇りです。ましてやラルフ様は2億払うとおっしゃってくださった。ですから1ダールとて踏み倒されたくありません。ラルフ様なら私の気持ちをわかってくださると思っておりましたのに……」

言外に裏切られたと責めたてられ、ラルフは慌てて弁明した。

「いや、私は支払いを踏み倒す気などないぞ!!
思い出したのだ!!支払えない場合は代わりに労働力を提供すると言っていただろう?」

「1億ダールに相当する労働をしてくださると?」

「ああ!!薪割りでも、大工仕事でもなんでも言ってくれ!!」

どんと胸を張るラルフを見て、マリナラは頭が痛くなった。

……なぜレジランカ騎士団団長ともあろう人に薪割りや大工仕事を斡旋しなければならないのだろう。

自分自身の有効な使い方を知らないのだろうか。

「……ラルフ様。お待ちください」

マリナラは仕方なく手助けしてやることにした。