囚われの身のラルフはなかなか快適な人質生活を送っていた。
質素とはいえ三食すべて食べさせてもらえ、風呂も着替えも提供される。その上、寝床は最高級のベッドである。
離宮に来たての頃の生活に比べたら天国のような環境である。
ただ、ベッドに関してはララ姫と同衾するため通常より豪華な造りになっていて複雑な思いがする。
ララ姫が朝晩やって来て蜜色の薔薇を嗅がされること以外は、身分を尊重されたまともな生活を送っていると言える。
唯一、剣を取り上げられ、日がな一日中天井と窓の外をじっと眺めていると、身体が鈍ってしまうのが耐え難い。
この部屋に連れてこられて以来、代り映えのしない時間が続いていたが、この日は少し様子が違っていた。
「一体どうなっている!!」
怒りで我を忘れたナイジェルはラルフの元にやって来るなり怒鳴り散らした。
「何のことだ?」
「リンデルワーグから返事が一向に来ないではないか!!」
ナイジェルはこっそり欠伸をかみ殺したラルフの胸倉を強引に掴むと、そのまま床に引き倒した。
「返事?」
「人質交換の返事に決まっておろう!!」
「ああ、それか」
ナイジェルが何に対して怒っているのかラルフはようやく合点がいった。
「我が兄上は計算が得意でな。私の身柄を引き取る方が損だと割り切ったのであろう」
ラルフは床から立ち上がり、怒り狂うナイジェルとは対照的に冷静だった。
「貴様とサザール平原を交換する手筈だったのに、これではタダ飯食いを拾ってきただけではないか!!人質交換に応じるように今すぐ願いでろ!!」
「無駄だと思うがな……」
エルバートに命乞いをしたとして、それを受け入れるとは到底思えない。血縁の情に流されるようではリンデルワーグ王国の王子は務まらない。
「殺されても良いのか!?」
「元より殺すつもりでキールとの取引に応じたのだろう?今更何を言う」
死をも恐れぬラルフの迫力にナイジェルは気圧されていた。死をちらつかせ言うことを聞かせるのはナイジェルの特権だったはずである。
……なぜ、自分の方が脅されているような気持にさせられるのだ。
「もうよい!!お前などじきに剣の錆にしてくれる!!」
ナイジェルは腹立ちまぎれにラルフの頬を拳で殴った。大した力でなかったもののラルフはよろけて右肩を長椅子に強打した。
足の踏ん張りが効かなかったのは蜜色の薔薇を嗅がされていたからである。
ナイジェルは肩を怒らせながら部屋から出て行った。
(兄上はやはり応じぬか……)
強打した肩を撫でながらラルフは少し落ち込んでいた。
人質交換の話がでた当初からわかっていたことだが、改めて事実を突きつけられるとやはり多少は気落ちする。
しかし、ナイジェルの来訪によりわかったこともある。
それはララ姫とナイジェルが一枚岩ではないということだ。
ラルフを殺すことも辞さないナイジェルと、自分を抱いたら命を救うと迫るララ姫。
ラルフを殺すか、生かすか。
この一点において二人は明確に対立していた。
そこに付け入る隙があるのかもしれない。