「まさか……貴女がいらっしゃるとはね、お嬢さん。遠路はるばるサザール砦までようこそ」

砦の入口までマリナラを迎えに行ったキールは挨拶代わりに軽めの皮肉をおみまいした。

「キール様、ニキ様、まずは状況を手短にご説明ください」

マリナラはキールの皮肉をさらりと流した。

「キール、彼女は……」

ハモンは困惑していた。

死んだ目をしていたキールが嬉々として走って行くものだからどんな人かと思えば……虫も殺せぬ美しい女性が現れたからである。

「ハモン殿、ご紹介致します。この御方はラルフ団長の婚約者の、マリナラ・レインフォール伯爵令嬢です」

「……この女性が例の?」

「そうです。あのエルバート殿下から婚姻許可証をもぎ取った女ですよ」

「ついでに申し上げると、この度私はエルバート殿下より軍務執政官に任命されました」

「はあ!?」

これには3人とも驚いた。

軍務執政官とは国王に代わり、戦場における軍務一切を取り仕切る文官である。

王城の意思を戦場に反映させるのが目的とされていたが、現場指揮官との軋轢を生むことが多く、長らく廃止されていたはずである。

「つきましては皆様私の指示に従ってくださいね?」

「どんな手を使ったんだ?」

「誤解しないで頂きたいのですが、私を任命したのはエルバート殿下のご意志です。
サザール平原は渡せない、かと言ってラルフ様をやすやすと見捨てることもできない。
私の任官は限られた手札の中で殿下が選んだ苦肉の策ですわ」

マリナラは世間というものを知っている。

「それに、こうでもしなければ貴方方は私ような小娘の言うことを聞いてくださらないでしょう?」

どれほど優れた作戦を立案しようとも、なんの後ろ盾のない自分の言葉を誰がまともに聞こうと思うのか?

マリナラは一番話が簡単に済む方法を選択したに過ぎない。

「さあ、無駄話をしている暇はありません。さっさとラルフ様を助け出し、レジランカにお戻り頂かなければ!!」

「こちらですわ、マリナラ様!!」

ニキはマリナラの手を取り率先して着任したばかりの軍務執政官を砦の中へと誘った。

キールとハモンは顔を見合わせた。

「あれが、団長が選んだ女です」

「なるほど……。キールが言っていた意味がよくわかった」