リンデルワーグ王国の首都レジランカには大きく分けて3つの城壁があり、それぞれ内壁、外壁、首都壁と呼ばれている。

国王の居城である王城を取り囲む城壁は内壁(ないへき)と呼ばれ最も守りが堅牢である。不埒な輩を寄せ付けぬよう各門の前には門番が配置され、常に兵が巡回している。
内壁の内側に入るには特別な通行証が必要であり、通行証の発行には厳重な審査がある。リンデルワーグ王国の政治の中心にして最後の砦を担っている。

警備の厳しい内壁に比べると、外壁(がいへき)は比較的自由な往来が許されている。
内壁と外壁の間は玉石街(ぎょくせきがい)と呼ばれており、貴族の住まいや王城で必要な物品を卸す問屋街、貴族向けの高級店などが広がっている。騎士団の詰所も玉石街の中にある。玉石街で働く庶民も多く、内壁よりは幾分か敷居が低いだろう。

外壁の向こう側は打って変わって庶民が暮らす市街となる。二つの大街道の交差するレジランカでは市場が街の中心となっており、昼夜問わず大きな賑わいを見せている。
王国中からありとあらゆる荷馬車が集まるレジランカで手に入らぬものはないとまで言われている。
そのレジランカを守るように設けられているのが首都壁(しゅとへき)である。
首都壁を抜けるとそこには、果てのない街道と草原が広がるばかりである。

ラルフはリンデルワーグ王国を縦に走るカレンザ街道を南に向かって下っていた。

愛馬のロンデは爽やかな春の陽気に当てられたのか、機嫌良く街道を駆け抜けて行った。

(この調子なら早々にレインフォール伯爵の別邸に着けそうだな……)

首都壁の門が閉まる日暮れまでに詰所に戻らねば、門の外で一晩過ごすことになる。

団則で無断外泊を禁じておきながら、団長自ら規則を破るなど示しがつかない。しかもグレイにもしこたま怒られるというおまけ付きである。

レインフォール伯爵の別邸は貴族としては珍しく首都壁の外にあった。
社交界シーズンになると大抵の貴族は晩餐会や舞踏会に参加するためにレジランカに集まってくる。その際、彼らが泊まるのが玉石街にある己の別邸である。
有力な貴族の内では玉石街に別邸を持つのが通例であり、一種のステータスとなっている。

ロウグ大臣の話が本当であるなら、現在レインフォール家の財布の紐を握っているのは伯爵ではなく令嬢ということになる。玉石街に別邸を設けないのは単純に金が惜しいか、あるいは貴族内での勢力争いに興味がないかふたつにひとつである。

後者の場合、ラルフには少々不利である。なぜならばラルフ本人が歩く国家権力の塊だからだ。王子に生まれたというだけで他人から反感を買うことには慣れているが、今日ばかりはレインフォール伯爵令嬢がまともに話を聞いてくれるよう祈るしかなかった。