ぐっすりと寝こけていたラルフだったが、何かが身体を這い回る気配を感じて飛び起きた。

「起きたかえ?」

「ララ姫?」

胸がまろびでてしまうほど襟ぐりの深い夜着をきたララ姫は、ラルフが起きるやいなや無垢な少女のように屈託なく笑った。

「そう言えば自己紹介がまだであったな。妾はクルス王国の第1王女ララである」

「……ラルフレッド・リンデルワーグだ」

他人に対して礼儀をどうこういう趣味はないが、自己紹介の挨拶がベッドの上とは不穏である。

寝ている間にはだけさせたのか、ラルフの着ていた団服のボタンは全て外されすっかり素肌が露わにされていた。

ララ姫はラルフの上に跨り人心を惑わす蠱惑的な笑みを浮かべながらうっとりと呟いた。

「端正な顔立ちにそぐわぬ鍛え抜かれた身体には無数の傷跡……。幾度も死線をくぐり抜けてきたと見える。ナイジェルめ、あの副団長に上手く担がれたな」

ララ姫はツツと指先でラルフの傷跡を撫でた。肌への触り方にどことなく艶めいたものを感じ困惑する。

「これは良い買い物をした。其方のような男はクルスにもおらぬでな」

ララ姫はそう言うとおもむろに夜着の腰紐を解いた。燭台にララ姫の美しい裸体が浮かび上がる。

「……命が惜しければ私を抱くのじゃ」

「クルスの姫は皆貴女のように奔放なのか?」

「知らぬのか?クルスは一妻多夫制である。現国王である母上には5人の夫がおる。妾にも3人の夫がおるぞ」

外交についてラルフは門外漢である。しかし、無知を晒したことを後悔している暇はない。そう困るものでもないが、貞操の危機である。

「悪いが私には婚約者がいる」

「妾はこれまで欲しいと思った男は全て手に入れてきた」

「こ、れは……蜜色の薔薇か……」

いつのまにか枕元のテーブルには香炉が置かれていた。”蜜色の薔薇”とは酩酊感を誘う香で、貴族の間ではもっぱら閨で互いの気分を高揚させるのに使われている。

「妾を抱けと言ったのは単なるお願いではないぞ。ナイジェルが其方を人質にリンデルワーグと領土割譲を交渉しておる。交渉が決裂した場合、人質がどんな扱いを受けるか騎士団の団長なら知っておるだろう?妾を抱いたら助けてやろう」

「……断る」

ラルフは呻きながらララ姫を突っぱねた。

「……強情な男は嫌いではない。また来る」

端から素直に応じるとは思っていなかったのか、ララ姫は努めて冷静に言い返し、ラルフの元から立ち去っていった。
 
薬草に通じているアサイルの助言に従い様々な薬草に対して耐性をつけているラルフだが、”蜜色の薔薇”ほどの即効性があると耐性も鈍くなる。

誰から構わず襲いかかることはないが、昂ぶった気分を紛らわすためにラルフは今一度眠った。

あの日マリナラと交わした口づけを夢の中で何度も繰り返した。