(一体、どこへ行く気だ……?)

目には目隠し手首には縄をかけられたラルフは唯一封じられていない耳を研ぎ澄ませていた。

途中で麻袋から出され簡素な馬車に乗せ替えられたものの、ラルフにはナイジェル一行がどこに向かっているのかさっぱり見当がつかなかった。

周りの景色が見えぬようカーテンは固く閉ざされており、時おり小石に乗り上げる以外に馬車の外側の様子を知る術はない。

本陣のあるサザール平原に連れていかれるのであれば、もう着いてもよさそうだが馬車が止まる気配はない。マガンダの首都とも明らかに方角が異なる。

(キールは無事に砦へと戻れただろうか……)

何もすることがないラルフに出来ることといったら、仲間の無事を祈ることくらいである。

現時点でラルフには逃亡の意思はない。暴れるでもなく怒るでもなく、実に殊勝な態度の捕虜である。

そのまま、何時間が経ったことだろうか。

夕闇がマガンダの山々だけでなくリンデルワーグ領土を覆い隠すようになった頃、馬車の速度が次第に緩められ遂には止まった。

ようやく目的地に到着し目隠しを取ってもらえたラルフは自分の足で馬車を下りた。

初夏らしからぬ冷たい風が吹いていたそこは、サザール平原とは全く異なる地形であった。背後には根雪を抱える雄大な山、鬱蒼とした森には見知らぬ植物が生え、葉のない木が幾重にも広がっていた。

ラルフはしばし圧倒されていた。リンデルワーグのそれとは全く違う生態系に魅せられていたのである。

「ここはどこなのだ?」

「マガンダ国内のとある貴族の邸宅としか言えぬのう」

マガンダ兵の代わりにララ姫が答えた。

未だに縄をかけられているラルフはマガンダ兵に前後を挟まれながら、ひっそりと佇む屋敷の中へと足を踏み入れた。

案内されたのは客人様に誂えられたであろう、それは居心地の良さそうな部屋であった。

人質を監禁しておく牢獄にしては随分と豪勢だし不用心だ。窓に鉄格子もなければ、警備の兵は部屋の外に二人しか配置されていない。

ここにきて初めて縄を解いてもらったラルフは心の中で少し落ち込んだ。

(これはとことん舐められているな……。キールの奴め、ナイジェル将軍にどんな悪評を吹き込んだんだ?)

剣こそ持っていないが、これならば簡単に出られそうである。

差し当たって直ぐに殺されることもないと判断したラルフは甘んじてこの待遇を享受した。

野営が続いていた身としては清潔でふかふかのベッドはありがたい。

ラルフはこれ幸いとひと眠りしたのだった。