これはマリナラがレジランカを出発する3日前のことである。
ナイジェル将軍との面会を終え無事にマガンダの天幕から戻ってきたキールはすぐさま仔細をラルフに報告した。
「キールの目にはナイジェル将軍はどう映った?」
「……あれはダメですね。見たいものしか見ないし、信じたいものしか信じない性質ですよ」
ラルフの悪口を聞くやいなや嬉々として話にのりだすようでは、大群を率いる将にしては頭が軽すぎる。
「我々には実に好都合だな。キールの演技力次第だが、ナイジェル将軍は間違いなくこの話を受けると思うぞ」
キールは困ったように頭を掻いた。
「今からでも遅くありません。やっぱりこの作戦、やめませんか?」
「なぜだ?」
「なぜだって……。どう考えても危険過ぎます」
「何を言う。いざ戦場に立てばどこにいても危険だぞ」
「それはそうですが……。俺はアリス様とエミリア様に団長が人質にとられて死んだなんて報告をしたくありません」
幼き頃よりデルモンド卿にくっついて王城に出入りしていたキールは、ロウグ大臣に目をかけられラルフの従者見習いとなった。
ラルフが王城を去ると今度は離宮に入り浸るようになり、アリスとエミリアとも交流を持つようになった。
キールはアリスを人として尊敬しているし、エミリアのことだって実の妹のように見守ってきた。そんな二人に最悪な知らせをしなければならないのは大変辛いことである。
「私は勝算がない勝負はしない。マリナラ殿と結婚せねばならないしな」
ラルフはキールの不安を吹き飛ばすようにただ軽快に笑うのであった。
翌日の朝、キールの元には密かにナイジェル将軍からの書状が届いたのだった。
ナイジェルはラルフの身柄の受け渡し場所と時間を指定すると、必ずラルフを連れて来るようにかなり高圧的な態度で念を押してきた。
(言われなくても連れて行くさ……)
……何を隠そうラルフ本人が行く気満々で準備をしているからだ。
「ラルフ団長、キール副団長、どちらへ?」
「マガンダ軍の見張りをしている奴らを激励してくる」
ラルフとキールは砦の見張り番にそう告げると揃って出掛けた。
サザール砦から十分に距離を取ったところで木陰に馬を止め、此度の作戦の下準備を始める。
「麻袋に袋詰めにされるなど初めての体験だな」
「……こんなこと二度も三度もあってたまるか!!」
ラルフは収穫した麦を詰めるための麻袋を持つと、自ら頭から被った。キールはラルフに猿轡を噛ませ、後ろ手に手首を縛った。麻袋の口を紐で括り、ラルフの身体を持ち上げ馬の背に乗せる。
政変が起こり王族が亡命する際にやむをえずこのような手法を取ることがあると聞いたが、自ら進んで麻袋に入るのはラルフぐらいのものである。
「お前達は一定の距離を保ってついて来い。くれぐれもマガンダ兵に見つかるなよ」
キールは木の上に潜伏する部下二人にそう指示を出した。レジランカ騎士団が戦場で華々しい活躍を見せる一方で、諜報活動や隠密行動を主とする彼らの活躍は多くは語られない。
小枝が折れ落ち、キールに是が知らされた。
キールは騎士団の団服を隠すように外套を被り、目的地まで手綱を引きながら歩くのだった。