「それで、僕に何の用だい?」

「実は結婚準備に使うのに必要な金額を王庫から引き出すようにと、ラルフ様より金の指輪を預かっております。アサイル殿下にはその手続きのお願いを」

「指輪を見せてくれる?」

マリナラはハンカチに包んだ金の指輪をアサイルに渡した。

「……確かにラルフの指輪だね」

「見ただけで分かるのですか?」

「ま、普通の人は見ても分からないよ。僕らにしか分からないように伝承にちなんだ隠語が掘られているんだ」

アサイルは検分を終えるとマリナラに指輪を返し、こう言った。

「残念だけど金は引き出せないよ」

「……なんですって?」

「王庫から金を引き出せるのは金の指輪を持つ王族だけだ。
指輪があれば他人が引き出すことも可能だけれど、それは配偶者と血を分けた子供に限られる。
君は王太子に承認された正式な婚約者ではあるけど、結婚式でまだ誓約書に署名していないだろう?」

リンデルワーグでは誓約書に署名して初めて夫婦と認められる。

「つまり……」

「王庫から金を引き出したいならラルフ本人を連れてくるか、指輪の他に本人直筆の委任状と委任状の鑑定書が必要だね」

マリナラはもちろん委任状など持ち合わせていなかった。

「……ラルフ様が嘘をついたということですか?」

「えっと……ラルフはこの手の王族特有の規則とかしきたりに疎いから悪気はなかったと思うよ?」

わざとか偶然なのかはマリナラにとって最早どうでもよかった。

1億ダールという大金を前にして気もそぞろになり、事前に王庫から金を引き出す方法を調べていなかったマリナラの失態である。

(私としたことが……!!)

怒りのあまり身体がわなわなと震え出す。

マリナラの様子をラルフへの怒りと捉えたアサイルは必死に弁明した。

「どうしても金が要るならラルフの代わりに僕が貸そうか?ね?」

「……それでは意味がありません!!」

見当違いの慰めを受けマリナラが叫ぶと、慌ただしい物音と共に俄に応接室の扉が力任せに大きく開かれた。

「アサイル殿下、来客中大変申し訳ありません!!至急お知らせせねばならぬことがございます!!」

入室の許可も得ずに青の宮の応接室に飛び込んできたのは、エルバートの側近の一人だった。

「何事だ!!」

「マガンダより急使です。ラ、ラルフレッド殿下の御身と引き換えにサザール平原の割譲を求めると……」

……それは誰もが予想だにしなかった知らせであった。