「どうやら我々はまんまとレジランカから誘い出されたようですね」
ラルフもキールと同意見だった。
「そのようだな。狙いはさしずめ……私の首か?」
「大人気ですね。早い者勝ちの札でも掲げておきますか?」
「首だけ人気でも嬉しくない」
ラルフは不服そうに眉を寄せた。
レジランカ騎士団団長にしてリンデルワーグ王国第4王子でもあるラルフを仕留めたとあらば、いかなる褒章も思いのままである。
国内外から首を狙われる身としてはぜひ切り離された胴体の方にも敬意を払ってもらいたい。
「殿下が砦に到着したことにも気がついていないのでしょうか?」
ハモンはマガンダ軍の様子を常に監視させているが、先遣隊が砦に入場してからも異常は報告されていない。
「気がついてないということはないさ。これは……舐められているな」
王族または高位貴族が要職に就くとよくある事である。
実力が伴わないにもかかわらず地位と名誉を得るためにコネを使い団長の職についた能無しあるいは役立たずと侮られている。
つまり、ラルフ自ら先陣を切って砦にやってくるとは夢にも思っていないのである。団長は物見遊山気分で本隊と一緒にのんびりやって来ると決めつけているのだ。
「マガンダの将は?」
「ナイジェル将軍であります」
「ナイジェル将軍?聞いたことがないな。カーン将軍はどうした?」
ラルフはマガンダ軍の中でも数々の武功で名を馳せたカーン将軍の名前を挙げた。リンデルワーグ王国と戦争を起こそうというのに、カーン将軍が旗頭ではないとはどういうことだ。
「カーン将軍はリンデルワーグの担当から外されたようです。ナイジェル将軍と何度か対峙したことがありますが、カーン将軍とは違いかなり好戦的です」
「なるほど」
カーン将軍は軍属20年の経歴を誇る猛者である。しかし、開戦には慎重派で、不必要な戦闘は避ける傾向がある人であった。
ナイジェル将軍がラルフを侮るのは若さゆえの短慮と言えるかもしれない。
「元々マガンダが国境を越え我々と小競り合いを起こすのは、兵のガス抜きのような意味合いが強かったはずです。まさか開戦に至るとは……」
リンデルワーグと比べてマガンダは資源が少ない。領土の半分が山地だが、掘っても石くれしかてでこない。険しい高地では食物は育たず、冬ともなれば死人が出るほどに寒さが厳しい。
……肥沃な大地を有するリンデルワーグと国力の差は火を見るよりも明らかである。
それでもクルスから兵の援助を受け、今回こそは勝算があると踏んだのだろう。
「開戦の理由を議論していても始まらぬ。警戒を怠るなよ」
ニキが率いる本隊がレジランカからサザール砦にやって来るまであと2日はかかる。その間にどうやってマガンダ軍を足止めをするか考えていたが憂慮に終わった。
「本隊が来るまで休ませてもらおう。ここまで飲まず食わずで来たからな」
ラルフはこれ幸いとばかりに、英気を養うことにしたのである。