「かの国の王宮に放っている斥候によると、正規な形で王城に話が届くのはひと月ほどかかるとのことです。正式な書面が届いてしまえば我が国は応じるしかございませぬ」

「さて、これは難題だな……。婿入りは断れぬ。さりとて応じれば死が待っている。近年稀に見る危機的状況だな」

己の命がかかっているというのにラルフはどこか他人事のようである。

出自故に意図せず面倒事に巻き込まれてしまうラルフには、いつしかどんな状況にも動じない高い適応能力が身についていた。

「ロウグ大臣、いらぬ苦労をかけてすまないな。なんとか断れるよう、私も動こう」

ラルフは痛くないように優しくロウグの肩を叩いた。

「不甲斐ない臣下で申し訳ありませぬ、ラルフ殿下」

ラルフに対して王城の重臣達がしてやれることはあまりにも少なかった

クルスへの婿入りを断ることもできなければ、王妃に物申すこともできない。表立ってラルフに力を貸すことも出来ない。

本来なら王族が命の危険に常に晒される騎士団に所属し、他の貴族と寝食を共にして働くなどあり得ないことである。

庶子とはいえ王族が蔑ろにされている現状は、リンデルワーグ王国の大臣を長きに渡って勤めてきたロウグ大臣の不徳の致すところであった。

「そう気に病むな、ロウグ大臣。意外かもしれないが、私は今の生活に何の不満もないのだ」

これを機に王妃と敵対しこれまでの処遇に対する憂さを晴らすこともできるだろう。あえて現状に余計な波風を立たせまいとするラルフにロウグ大臣は深く頭を下げるのであった。

「それで……どのようにして断るのでございますか?」

「それは今から考える」

ロウグ大臣は落胆のあまりすっかり肩を落とした。心なしか髭の方も力なくへたっているように見えた。

そもそも騎士団所属のラルフが普段接しているのは爵位の継承権を持たない王国内の中小貴族の次男や三男といった領地内であぶれた者達ばかりである。
よくよく考えてみれば、他国の王宮と交渉できるようなまともなツテを持っているはずがなかった。

ロウグ大臣は再度口を開いた。

「レインフォール伯爵令嬢をご存知ですか?」

「……いいや」

山に囲まれた離宮育ちの上に滅多に王城の中には行かないラルフにとって騎士団以外の一般の貴族、それも女性となると交流はないに等しい。

「レインフォール伯爵令嬢は一昨年まで国費で学術都市に留学されておりましたが、帰国されてから八面六臂のご活躍で社交界では瞬く間に話題になりました。破産寸前のレインフォール伯爵家の財政を数ヶ月で立て直すと、どんな相談事も解決してくれると領民から評判になっているそうです。
昨今では噂を聞きつけて、こっそりと助言を求める貴族も少なくないという話です」

「ほう……」

リンデルワーグにも大学はあり、女性が学問をすること自体はそれほど珍しくない。しかし、国費留学が出来るほどの頭脳の持ち主はやはり稀である。

「かの御令嬢でしたらクルスへの婿入りを断る妙案を提示してくれるやもしれません」

「なるほど……」

ラルフはそう呟いて顎をさすった。藁にもすがる思いで、その令嬢に泣きつくのも悪くないだろう。どうせ失う物はないのだから。

「ありがとう、ロウグ大臣。早速、そのレインフォール伯爵令嬢の元に伺おうことにしよう」

「ラルフ殿下、くれぐれもお気をつけ下さい」

ロウグ大臣は粛々と頭を下げたかと思うと、出掛ける用意をするラルフに不穏な一言を告げた。

「かの令嬢は只者ではありませぬぞ」