マリナラは熟考した。
熟考したがやはりラルフの行動の意味がさっぱり分からなかった。
追加の1億ダールと引き換えに契約妻から本妻するというならともかく、ラルフが提示した内容はマリナラに有利すぎる。
心底惚れているという割には追加契約は抜け穴だらけで、マリナラを妻にする気があるのかないのか計りかねる。
(あえて抜け穴を用意することで油断を誘っているということかしら?)
大概の相手の思考は推察できるマリナラだが、ラルフのことだけは予測できない。
しかし、一緒に過ごすうちにある程度の見識を得ることができた。
それは、ラルフの行動には決して論理性を求めてはいけないということだ。
マリナラにはラルフの本妻になる気はさらさらない。
自分の欲しい物を手に入れるためなら可能性が低くとも万に一つにかける。ラルフはそういう男である。
「追加で契約をしたいとおっしゃるのならば、まずは最初の契約に対する報酬を払って頂けますか?」
「……それもそうだな」
ラルフは懐から金の指輪を取り出し、マリナラに渡した。
金の輪に竜がぐるりと巻き付いた指輪は、先ほど磨かれたばかりのように輝いていた。
リンデルワーグで竜の意匠を身に着けることができるのは王族だけである。
「これがあれば王庫から金が引き出せる。手続きの仕方はアサイル兄上に聞いてくれ」
王庫とは即ち王族の財布を意味する。指輪を預けるという行為は財布を預けるに等しい。
マリナラなら決して金を持ち逃げしないと信用しているという証左である。
「追加契約分の1億は出兵から戻ってから払おう」
「……いいでしょう」
マリナラは頷くと、跪いているラルフから騎士の礼として手の甲にキスを受けた。
この日、マリナラとラルフの間には新たな契約が締結されたのである。