晩餐が終わるとラルフはマリナラを客室まで送り届けた。ついでに部屋の中にお邪魔して初対面の感想を聞いた。

「どうだった?母上に会ってみて」

「とても驚きました。まさかあのような料理が出てくるとは……」

マリナラは長椅子にもたれかかると、行儀悪く腹を撫でた。腹ははち切れんばかりに膨らみ、今すぐドレスを脱ぎ捨てたい衝動に駆られる。

「ミートパイもかぼちゃのスープも母上の得意料理でな。客人をもてなすには欠かせない。ありふれた家庭料理だがマリナラ殿の口に合って良かった」

「今でこそそれなりの暮らしをしておりますが、私は元々没落した伯爵家の出です。腐りかけの林檎を齧ってきた身からしたら、アリス様の料理は天にも昇るような味でしたわ」

説明に納得すると、ラルフはマリナラの隣に腰掛けた。

「離宮に来て直ぐの頃は食材を買う金もなくてな。母上と2人で裏庭を耕したものだった」

今ではアリスの人柄が知れ渡り近隣の村落とは良好な関係を築いているが、離宮に移住した当時は、アリスの悪評が響き近隣の村からは粗雑な扱いを受けていた。

碌な食べ物を売ってもらえず、使用人を雇おうとしても、誰も手を上げようとしなかった。

乳飲み子を抱えながらの二人三脚生活は3年にも及んだ。

回想を終えたラルフは困ったようにガシガシと頭を掻いた。

「いかんな。離宮に帰って来るといつも何もかも忘れてただのラルフに戻ってしまう……」

……だから出兵前には来たくなかったのだ。

レジランカ騎士団団長として積み上げてきた誇りも矜持も何もかも忘れて、1日1日をがむしゃら生きてきたあの頃を懐かしんでしまう。

「自分が自分らしくいられる原風景を持っていることは悪いことではありませんわ。人はともすれば初心を忘れてしまう生き物ですもの……」

マリナラは肘置きにもたれたままコロコロと笑い、隣に座るラルフに流し目を送った。

(なぜだろう……)

なぜ、マリナラはラルフが心の奥深くにしまい込んでおいたものに容易く触れてくるのだろう。

ラルフは辛抱堪らなくなって目を逸らした。

「……なにか、口直しに飲み物でも取ってこよう」

ラルフは誰かに言い訳をするようにマリナラのいる客室から出ていったのであった。