日暮れを迎えると、晩餐室のテーブルの上にはアリスお手製のご馳走がずらりと並んだ。
「お口に合うかしら?」
炙った豚肉のベリーソースがけ、カボチャのスープ、ミートパイ、採れたて野菜のサラダ、ヨーグルトムース……どれもアリスの力作である。
席につき皿に取り分けられた豚肉を一口頬張った瞬間、マリナラは美味しさのあまりに大きく目を見開いた。あの宿屋のシチューが口に合うならアリスの料理を気に入るのは当然のことである。粛々と料理を食べ進めるマリナラを見て、ラルフは少し安心した。
「兄上、マリナラ様、この度はご婚約おめでとうございます」
反対側の席についていたエミリアが改めて祝いの言葉を述べる。エミリアは既にマリナラを家族の一員として受け入れていた。
「結婚式はどのような誂えに致しましょうか……。義姉上の黒髪に映える素敵なティアラは見つかるかしら?」
「エミリア、気が早いのではないか?」
げんなりしながらたしなめてくるラルフをエミリアは膨れ面で睨んだ。
「兄上は結婚式にかける女性の熱意を何ひとつお分かりになっておりません。ベールの図案ひとつ決めるにも1か月、いいえ3か月は寝ずに考えるものなのです」
「睡眠はしっかりとった方が良いと思うぞ」
「……そういうことを申し上げているのではありませんわ」
通常、王族の結婚準備には1年以上かけてあたる。ラルフは庶子ということもあり国を挙げて大々的に結婚式を執り行うことはないが、それでもそれなりの格式が必要とされる。
エミリアは全く役に立たない兄を見限り、かぼちゃのスープを口に運んでいるマリナラに話を振った。
「義姉上はどのようなお式にされたいという希望はございますか?」
「特に拘りもありませんので、皆さんのお好きなようにどうぞ」
マリナラにとって結婚式は契約の一環である。そこに憧れもなければ拘りもない。
そうとは知らぬエミリアはマリナラの言葉を遠慮と受け取った。
「義姉上でしたらレースをふんだんに使った可愛らしいドレスよりも、華美すぎず生地を身体に纏わせた控えめのドレスの方が似合いそうですわね。その代わりに裾は優雅に長めにとって……。胸元は薔薇の刺繍にパールとビーズをあしらってはいかがでしょう?」
エミリアはうっとりと目を細めながら提案した。エミリアはマリナラが結婚式で着るドレスを自分でいちから作るつもりでいる。
エミリアの趣味は裁縫である。王女ということを隠して出来上がった作品をこっそり玉石街にも卸している。エミリアが作った服や小物は女性からの支持も厚く、それなりに売れているそうだ。
「それくらいにしておきなさい、エミリア。ラルフとマリナラ様の結婚式のことは私達の一存で決められるものではないわ」
アリスからのお叱りにエミリアはシュンとうなだれた。
「ラルフ、結婚式のことは置いておいて、まずは自分のお役目に専念しなさい」
「分かっております。婚約のご報告が遅れたこと、申し訳ありませんでした」
「良いのよ。貴方が忙しいことも、戦場での武勇伝もこの離宮までしっかり届いているわ」
アリスはそう言うと途端に母の顔になった。
「……結局の所、貴方が心も身体も健康であればそれで構わないのよ」
アリスは並んで座るラルフとマリナラを見て、少し寂しそうに笑ったのだった。