「申し訳ありません、エミリア様。これ以上不用意な発言をされますと、比喩ではなく本気で我々の首が飛んでしまいますわ。ほら見てください。団長のあの顔を~」
「エミリア、私の聞き間違いだろうか?まるでそなたにも恋心を募らせる相手がいると言っているように聞こえたが?」
ラルフの顔を見た瞬間、エミリアは自分がうっかりとんでもないことを口にしてしまったことに気がついた。
自分のことは棚に上げておいて、エミリアの相手のことを詮索をするラルフの目はニコリともしていない。
ラルフと同様、エミリアも王族の一員である。
ラルフはエミリアの自由を制限することはほとんどしないが、男女関係だけは別である。
国王に代わり後継人をつとめるラルフの許可なくエミリアに不埒な男性が近づくことなどあってはならない。
身の程を弁えていて大人しくしていればまだいいが、ラルフに隠れてコソコソ動く連中は往々にして成人したてのウブな王女を誑かそうとする輩である。
そんな連中とみすみす接触の機会を作ってしまっていたのであれば、それはエミリアの警護に当たっていた者に落ち度がある。
ラルフは後継人として、兄として、彼らを糾弾しなければならない。
エミリアは慌てて弁明した。
「兄上、先ほどは余計な詮索をして申し訳ありませんでした。ムキになり皆の誤解を招く発言をしてしまったことも合わせてお詫び致します」
エミリアは淑女としての振る舞いが欠けていたことを恥じ入り謝罪した。王族としての心構えを学んでいるとはいえ、まだまだ若い。
揶揄われてつい心を乱してしまうのは仕方ないとして、すぐに反省し謝罪出来るようであれば先は明るい。
「あら、エミリア様は悪くありませんわ。悪いのはおちょくったキールですもの」
「全くその通りです」
グレイとニキは王女をからかった最低な男を揃って睨んだ。
藪を突いて蛇を出すような真似は控えろと訴えかけたが、当の本人は知らぬ顔で書類の角を整えていた。
「兄上、とにかく一度離宮にお戻りください。母上も手紙を読んで動揺のあまり階段から足を踏み外して休んでおります。兄上からも婚約の件、きちんとご説明差し上げてください」
「しかしだな……」
エミリアからの懇願にラルフは難色を示した。出兵までに残された時間は少ない。ここでラルフがいなくなっては準備に差し障りが出てしまう。
「出兵前にあのいけすかないお嬢さん……婚約者殿をご家族に会わせておいた方がよろしいのでは?」
「我々なら構いませんよ。準備はこちらで済ませておきますから」
ラルフの心中を察した両副団長に勧められては帰らないとは言えなくなってくる。
「ニキ殿、悪いが今晩エミリアを侯爵家に泊めてもらえないか?」
「ええ、構いませんわ」
ラルフの別宅には今人手が足りていない。
通いの使用人はいるものの、住み込みはダンテルの他に1人しかいない。そこに客人をもう1人増やしてダンテルに無理をさせるのも忍びない。
ニキは男性が大多数を占める騎士団で共同生活を送るには不都合が多すぎるという理由で、ワレンズ家の別宅から詰所まで通っている。
ワレンズ家ならば王女が突然泊まりにきたとしても、困りはしないだろう。
「それでは明朝共に離宮へと帰ることにしよう」