エルバートとの謁見からほどなく、ラルフとマリナラの婚約は正式に国民へ発表された。
レジランカ騎士団団長の婚約はかねてより噂で湧いていたレジランカはもとより、国中から歓迎を持って迎えられた。
祝福の声があちらこちらから聞こえる一方、婚約と同時に発表されたマガンダへの出兵はレジランカ騎士団に波乱を呼んだ。
表向きではもはや初夏の恒例行事となりつつあるマガンダとの小競り合いを収めるのが目的だとされたが、その裏でクルスが動いていることを国民はまだ知らない。
出兵に関して楽観的な雰囲気が漂う中、レジランカ騎士団の指揮官の面々はありとあらゆる局面を想定し万全の備えをしなければならなかった。
兵站の準備、補給地への根回し、兵が動くということは同時に金も動くということである。金が動くということはその都度王城に書類を提出しなければならないということである。
もはやラルフはグレイに言われるがままに署名を書き、公印を押す装置となり果てていた。何に署名し、何に署名をしていないのかもわからずただただ押しまくる。
「団長、こちらにもお願いします」
こういう時のグレイは本当に頼りになる。キールは早々に書類仕事はグレイに投げ、王城と詰所の使い走りを買って出た。
デルモンド卿にくっついて王城に出入りしていたキールは、王城内のどこに何があり誰がいるかを正確に把握しているので書類の受け渡しは驚くほど円滑に行われた。
レジランカ騎士団が誇る両副団長が粛々と己の役割に徹した結果、マガンダ出兵発表から3日目にしてようやく未決書類の終わりが見えてきた。
「毎度毎度思うが出兵した後の方がのびのびできるな……」
「あと少しですから頑張ってください」
「やってるっつーの!!」
なお働かせようとするグレイを非難するように、キールは作りかけの書類を投げつけた。キールがグレイに書類を投げつけるのも毎度毎度の光景である。
慣れ親しんだ光景に妙な愛しさを感じていると、団長室の扉が控えめに叩かれた。
「あの~団長。今、よろしいですか?」
扉の向こう側でこちらの様子を伺っていたのはニキだった。
「どうした?」
「お客様がいらっしゃってます」
これで何度目だろうとラルフはいささかうんざりしていた。迷惑なことに婚約の話を聞きつけた自称ラルフの知り合いとやらは、この忙しい時に限って大挙して押し寄せてくるのだ。
「悪いがお帰り願ってくれ」
「あのう……それが……」
ニキが言葉に詰まっている間に扉が開き何者かが団長室に飛び込んできた。
「兄上!!一体この手紙はどういうことなのですか!?」
「エミリア……!?」
咄嗟に右腕で剣の柄を掴みかけたラルフはしばし呆気に取られた。
……追い返せと言われてニキが困るはずである。