「それで、噂の御仁が一体俺に何のご用です?」

「答え合わせに参りました」

意味がわからないと首を傾げているとラルフが助け舟をだした。

「残念ながら、キール。例の件に関して我々は後発組なのだ」

「後発組?おいおい冗談はよしてくれ!!俺達より早く四方の国の動きを察するなんて……」

ありえないと断言しようとして、キールははたと思い出したのだ。レインフォール伯爵令嬢という名前に妙に聞き覚えがあることを。

「もしかして……"契約書の悪魔"?」

「私をそう呼ぶ方もおりますわね」

キールは頭を抱えたくなった。何でよりにもよってそんなやっかいな女と一緒にいるんだとラルフを問い詰めたくなる。

レインフォール伯爵令嬢こと"契約書の悪魔"は、どんな無理難題にも解決法を提示する賢人として知られている一方で、契約書を盾に強引な手口で金を回収されたと一部の層からは強い恨みを買っている。

それを知ってか知らずかラルフは呑気に鹿肉のシチューを注文しようとしていた。

「言っておきますがね、お嬢さん。たとえあんたに脅されても、俺は口を割りませんよ」

「あら、別に無理に教えて頂かなくても構いませんわ。私、この手の予想は外したことがありませんの」

「へえ?大した自信だな。世間知らずのお嬢さんのくせに」

「ふふふ。罵言がお上手ですこと……」

真正面から睨み合う2人の間にバチバチと目に見えない火花がとび散る。何度目かの応酬の末にキールが年長者としてマリナラに勝ちを譲ってやる。

「おやっさん、勘定ここに置いとく」

キールはポケットから小銭を掴んで取り出しカウンターに叩きつけるようにして置いた。

「あんたら2人と一緒に飲んだら、せっかくの酒の味が悪くなりそうだ」

不貞腐れたように捨て台詞を吐くと、キールはそのまま市中に消えていった

「帰してしまってよかったのか?」

「ええ。クルスの裏切りをデルモンド卿の末の息子が報告したという事実が最も重要なのです。私からの進言では裏があるに決まっていると思われるのが関の山ですから」

キールの生家であるデルモンド家はリンデルワーグ王国建国当初から今まで優れた官僚を輩出してきた名家である。

特にキールの父親であるデルモンド卿は才気煥発でいくつもの新規政策を打ち出し、四方の国から搾取されがちなリンデルワーグを経済面から支える屋台骨でもある。

マリナラは何の後ろ盾のない自分よりも、デルモンド卿の息子でもありレジランカ騎士団副団長のキールの方が信用されるはずだと考えたのである。

「私が兄上と同じ立場ならマリナラ殿の言うことを信じるがなあ……」

ラルフは心底不思議そうに呟くと、マリナラは声を出して笑った。

「ラルフ様と一緒にいると自分がとんでもない真人間にでもなったような気分にさせられますね」

「そうか?」

「ところでそのシチュー……とても美味しそうですわね。私も一皿頂こうかしら」

こうしてラルフとマリナラはキールの残したコインの意味を紐解きながら、ともに宿屋のビーフシチューに舌鼓を打ったのである。