「ふう……」

王太子が退室すると、ラルフはその場に大の字になって寝転がった。目的を無事に達成できてホッと胸を撫で下ろす。これだけ手を尽くして失敗に終わっていたら、マリナラに何を言われるか分かったものでもない。

(キールに礼を言わなければならぬな……)

ラルフは天井の模様をぼんやりと眺めながら、マリナラに贈り物をしたあの夜のことを思い出した。

「遅れてすまんな」
「本当に遅いですよ。今までなにを……」

キールはラルフの隣に立つマリナラを見て、目を瞬かせた。

ラルフがキールと待ち合わせをしていたのはレジランカ壁に近い例の宿屋である。

団服を脱ぎ姿を改めたキールは周りの商隊に溶け込むようにして、鹿肉のシチューをかっ喰らっていた。長旅の疲れもなんのその、団長がやってくるまで心ゆくまで一階の食堂で安酒を煽っていたが……まさかラルフが女連れでやってくるとは思いもしなかった。

「こんな美人としけこむにはこの宿屋はちょいと安すぎやしませんか?」

キールは驚きを得意の軽口で誤魔化した。ラルフが待ち合わせの前に女性を引っ掛けて連れ歩くような男ではないことは重々承知の上である。

頭からすっぽり被った外套で隠してはいるが、マリナラが相当な美人なのはキールにもわかる。商売女とは違う化粧や仕草で演出した美しさではない、本物の貴婦人の佇まいである。

「来たいと言ったのは彼女の方だ。問題あるまい。キールにぜひ挨拶したいそうだ」

「初めまして、レジランカ騎士団副団長様。マリナラ・レインフォールと申します」

「なるほど、あんたが朴念仁の団長をたらし込んだっていう魔性の女か」

「魔性?私が?」

マリナラはキョトンと目を丸くしたかと思えば、次の瞬間には薄らと笑みを浮かべた。

「魔性だなんてとんでもない、私は神に誓って普通の人間ですわ、副団長様」

キールの物言いは初対面の女性に対する口の利き方としてはけっして褒められたものではない。

怒るでもなく非難するでもなくさらりと受け流されたキールはマリナラへの警戒を強めた。

戦場ではこれほど頼もしい人はいないのだが、恋愛に限って言えば恐ろしく察しが悪くなるラルフのことである。

相手が魔性でなければ、なんだというのだ。