「兄上、興味深い話を聞いたお返しに私の嘘偽らざる本心をお話し致しましょう」
マリナラに背中を押されるようにして、ラルフはようやく血を分けた兄としてエルバートに本心を打ち明け始めた。
「私のこれまでの人生は常に崖の淵に立たされているようなものでした。
王城から追い出された時も、騎士団の団長に推挙された時も、私はあえて流れに逆らわず嵐が過ぎ去るのをただ待つばかりでした」
一歩でも足を踏み外したら崖下まで真っ逆さまという恐怖。いっそのことこのまま落ちてしまえば楽になれるという誘惑。
今は辛うじて天秤が前者に傾いているだけで、ラルフには幼き頃よりいつ死んでも構わないという死生観が構築されていた。
「もちろん、陰ながら私を応援してくれる者もおりましたよ。しかし、中にはそれとはわからぬように石を投げる者もおりました。どちらにも共通しているのが、決して私と同じ崖淵にはやって来ないという点です」
ラルフの抱えている問題は誰かと分かち合うにはあまりにも大きすぎた。
国王の庶子という扱いが難しい身分に加え、誰ともしれぬ他人から死を望まれているという境遇。醜い打算やくだらぬ嫉妬の対象になったことも一度や二度のことではない。
周囲との溝は深く孤独はより一層強まった。誰もが安全圏からラルフを眺めるばかりだった。それは騎士団の仲間とて例外ではない。朗らかなラルフの性格は多くの人を惹きつけたが、核心に触れてきた者はこれまでいなかった。
「そんな時に出会ったのがマリナラ・レインフォール嬢なのです」
まるで眩い光のようだった。
ラルフがとうの昔に諦めていたことを容易く出来ると断言し、こうしてエルバートと一対一で話せる状況を作り出してくれた。
それが金のためであろうともはやどうでもよかった。ラルフは最良の味方を得た。
「驚くべき事に彼女は何のためらいもなく私の隣に立ち、時に怒り、時に嘆いてくれました。
彼女は私に対して遠慮なく本音をぶつけてきます。差し伸べられた手が本物かどうかを疑う必要がない。これはなによりも得難い宝です」
マリナラは決して契約を違えない。
その一点においては世界の誰よりも信頼できる。ラルフにとっては地獄にもたらされた一本の蜘蛛の糸のように尊い。
「私は甘言ばかり告げる者より、手厳しい彼女の方が裏切らないと断言できます。それに比べ私ができることといったら紙切れひとつでどうにでもできる薄っぺらい関係を差し上げることくらいです」
「正気か?状況が変わればいずれ後ろから刺されるかもしれぬぞ」
「彼女に刺されるなら本望です。兄上のご命令ひとつで明日をもしれない命ですから」
冷酷なようでいて慈悲深いマリナラなら苦しまぬように楽にしてくれるだろう。
「本気なのはわかったが、クルスの使者が来る前にお前とあの小娘の結婚を認めるわけにはいかぬ。わかったら諦めて帰れ」
ラルフの語りを聞き終えると、エルバートは玉座から立ち上がった。
このままでは苦労に苦労を重ねてもぎ取った機会が無駄に終わってしまう。
ラルフはここでようやくマリナラから託された切り札を使った。