ラルフの父でありリンデルワーグ王国国王、フリント・リンデルワーグが心臓を患い、病に伏すようになったのは一昨年の春ことである。

容体こそ安定しているが、とても国王という激務に耐えられる身体ではなくなったため、一線を退き今は療養に専念している。

現在、国王に代ってリンデルワーグ王国の実権を握っているのは王太子であるエルバートであった。

「私はお前と違って忙しいのだ。余計な話をしている暇はない」

エルバートは行儀悪く肘置きに頬杖をつき、ラルフと同じ金髪を揺らしながら欠伸をした。

不遜な態度とは対照的にエルバートの政治手腕は目覚ましいものであった。王太子としての自負があり、もともとの才覚に優れていために国王がこれまで保留にしていた懸案事項を次々と解決してしまったのである。

国王が倒れたにも関わらず、国内に大きな混乱もなく、四方の国が未だにリンデルワーグを攻めあぐねているのはエルバートの力量によるものが大きい。

国王存命だというのに玉座に座ろうとも誰も文句を言わないことも、王城におけるエルバートの権力を示している。

「さて、申し開きがあるならこの場で聞いてやろう。あの馬鹿馬鹿しい醜聞は一体なんだ?誰と誰が恋仲だって?」

ラルフを王城に召喚したのは間違いなくエルバートである。内々に済ますのではなく、わざわざ謁見の手順を踏んだのは王城嫌いのラルフへの嫌がらせだろう。何を隠そうエルバートは4人の王子の中でも一等性格が悪い。

「申し開きも何も市井で噂されていることは真実であります。私はさる令嬢と密かに恋人となりました。このような形で兄上のお耳に入れることになりまして誠に申し訳ありませんでした」

「はん?とぼける気か?」

「さて、何のことやら私には見当もつきませぬ」

申し開きを聞くという体ではあるが、まるで罪人に対する尋問のようである。

「ほほう?まだとぼける気か。では、話を変えてやろう」

口を割らないラルフに対し、エルバートはさも楽しそうに目を細めた。

「ロウグが密かに詰所に行ったのは分かっている。お前が白状しないのであれば、あの老体に鞭をくれてやらねばならぬが良いか?」

ロウグ大臣の名前が出た瞬間に、ラルフの背中にヒヤリと冷たいものが流れた。エルバートによるあからさまな脅しだ。

ロウグ大臣が尾行されていたことは知っていたし、実際詰所から出掛けたラルフも途中まで尾行されていた。レジランカを出る前に市街で尾行を撒いたが、同じことをロウグ大臣にやれと言っても無理である。

こんなに早く尾行の件を持ち出すとは、さすがに一国を預かる王太子である。一筋縄ではいかないとラルフは気を引き締め直した。

「やはり、あの縁談は兄上のご指示でしたか……」

「当たり前だ。そうでなければ庶子のお前にあのような縁談などくるものか。折角上手く行きかけていたものを、あの日和見の狸爺め。余計な邪魔をしおって」

「ロウグ大臣は私の身を案じてくれただけです」

エルバートは小馬鹿にしたようにふんと小さく鼻を鳴らした。

「嫉妬に狂った愚か者共が素人に毛が生えた程度の刺客を差し向けたところで、お前があっさり死ぬものか。そのような腑抜けに団長の地位を与えてやるほど酔狂ではないわ」

「お褒めの言葉ありがとうございます」

「この阿呆、褒めてなどおらぬ」

何につけても優秀なエルバートを以てしても、ラルフの技量は無視できないということである。