待ちに待った知らせが届いたのはマリナラがラルフの別宅に居座るようになってから7日目のことであった。
詰所にやって来た使者から書状を受け取り中身を確認すると、ラルフはすぐさまマリナラのいる別宅に駆け込んだ。
「マリナラ殿、王城より遣いが来たぞ!!明朝、王城まで来るようにと!!」
「あら、予想より随分と遅いお召しですこと」
マリナラはちょうど晩餐室で遅めの昼食をとっていたところだった。
ダンテルの給仕したスープをスプーンで掬いゆっくりと口に運ぶ。待望の知らせを聞こうとも一連の動作に一切の乱れは生じなかった。
「それが……困ったことに私一人で来るようにと仰せだ」
ラルフはそう告げると深いため息をついた。
「それがどうか致しましたか?」
「いや、てっきり2人で行くものだとばかり思っていたのでな」
何を隠そうラルフは王城が大の苦手なのである。王族のくせに何事かと思われるが、10歳で王城を追い出される前から何もかもを仰々しく扱う王城の独特な雰囲気が苦手だった。
マリナラが隣にいればそれなりに見栄を張ろうと思えるのだが、ひとりとなるとどうしたものかとラルフは悩んでいた。
「私は謁見できるような身分ではありませんもの。ここはラルフ様に頑張って頂かなくては」
「そうは言ってもなあ……」
大概のことは難なくこなすラルフだか、こればかりは弱音を吐いた。
マリナラは口元をナプキンで拭くと、仕方なくしょぼくれているラルフの顔をぐいと引き寄せた。
「大丈夫ですわ。私の書いた筋書き通りに立ち振る舞って頂ければ間違いなく婚姻許可証への署名をもぎ取ることができますから」
マリナラは美しい声を響かせながら唇が触れ合いそうな距離でラルフを鼓舞した。
見る人が見ればつべこべ言わずにさっさと行けと威圧しているようにしか思えないが、ラルフも傍らで控えているダンテルも不思議なことに全く気がつかなかった。
「吉報をお待ちしておりますわ」
他人事のようにあっさり言うとマリナラはダンテルにスープのおかわりを申し付けた。
予期せぬ激励を受け惚けていたラルフはようやく我を取り戻すと、素知らぬ顔で食事を続けるマリナラを残し晩餐室から退室した。
詰所に帰る足取りはぐんと軽くなっていた。
純情な男の心を弄ぶ悪女のごとき鼓舞の仕方は効果覿面だったようである。
万が一失敗したとしてもあのマリナラなら二の策、三の策を用意しているだろう。そう思うと途端に肩の荷がおりて開き直ることができた。
マリナラは契約を守るためならどんなことでもする。1億ダールを手中に収めるためなら全力を尽くす。
ならば同じように自分も己の役割を果たすべきだろう。
なんたってラルフとマリナラは契約という名の鎖で繋がれた運命共同体なのだから。