「ダンテル!!ダンテルはいるか?」
すっかり夜も更け、朝日を拝む方が近いような時間のことである。家中の者が寝静まっているところに突如として主人の声が鳴り響いた。
名前を呼ばれた古参の執事はのそのそと身支度を整えると、使用人部屋を出て玄関へと向かった。
「どうなさいましたか?旦那様」
別宅には滅多に寄り付かないラルフだが、時折、酔い潰れた団員を連れていきなり帰って来ることがある。こういう時のためにダンテルは日頃から二日酔いにきくウコンの根を煎じた薬を常備している。
しかし、今日に限って言えば薬の出番はなかった。
「いきなり帰ってきてすまない。悪いがこちらの女性に部屋を用意してくれないか?あー…客人用の部屋ではなく私の部屋の隣でいい」
ダンテルは息を呑んだ。呑み過ぎて窒息するかと思った。
(ああ、これは夢か幻か……!!)
ラルフが連れてきた女性は美しさでいえば妹君にも引けをとらない。凛とした佇まいは賢さと気品を感じさせた。このような女性を連れてくるなど大金星である。ダンテルの心は躍った。
屋敷の主である主寝室の隣はもちろん正妻の部屋である。続き部屋となっており、部屋の中にある扉を開ければ廊下を歩かなくても互いの部屋を行き来出来る。
ラルフの指示はマリナラが単なる一夜の客人ではないということを示している。
ラルフが伴侶と呼ぶべき女性を連れてくることなど、天地がひっくり返ってもあり得ない、そう思ってすっかり諦めていた。使用人生活、50年。ダンテルにとってこれほど嬉しいことはなかった。
「わ、私は嬉しゅうございます!!」
「大袈裟だな……。それで、用意してくれるのか?しないのか?」
「は、はい!!ただいま……!!」
ダンテルは声を弾ませながら返事をすると、ラルフに一礼するのも忘れ慌てて侍女を起こしに行った。スキップでもして転びそうな浮かれ具合だった。
「あの喜びよう……。本当にラルフ様は女性と縁遠かったのですね?」
「言うてくれるな……」
ダンテルは喜びを隠そうともせず甲斐甲斐しくラルフとマリナラの世話を焼いたのであった。