マリナラに手酷いお仕置きをくらったものの、名前で呼ぶことを了承させることができたラルフはその後は目を瞑り黙って夜をやり過ごした。
夜は嫌いではない。思考を闇に溶かし、ただひたすらに朝を待つ。そんな日々を何度繰り返したことか。
どんな夜にも共通していることは……終わりがやってくるということだ。永遠とも思えた静寂を鈴の音が切り裂いていく。
「使用人からの合図です。そろそろ彼らが参りますわ」
「ああ」
ラルフは雑念を振り払うと、閉じていた瞼を開いた。目を開くとそこには手際良く胸元のリボンを解いているマリナラがいたのであった。
「な、なにを!?」
……振り払った雑念はあっという間にラルフの元に再集合した。
「あら?恋人同士が密室ですることと言えばひとつでしょう?」
マリナラは事もなげにそういうと、今度は髪を留めていたバレッタを外しテーブルに置いた。
「こ、これは皆を欺くための芝居だろう!?」
「この後に及んでなにを言っているのだか……。さっさと覚悟を決めて服を脱いで下さい」
つかつかと靴音をたてて詰め寄って来るマリナラに対し、後ずさりしたラルフは椅子に足を取られうっかりバランスを崩した。運が悪いことに倒れ込んだその先にあったのは天蓋のついたベッドだった。
「ラルフ様、大人しくしてくださいね」
そう言ってラルフにのしかかるマリナラは羽のように軽く、マシュマロのように柔らかい。下手に押しのけて怪我をさせてしまってはと、ためらったのがまずかった。
「お、おい!!勝手に脱がすな!!」
「あら、残念。もうボタンがすべて外れてしまいましたわ」
マリナラは悪戯をしかけた子供のように無邪気にクスクスと笑った。その魅力的なことといったら、本当にこのまま押し倒してしまいたかった。
(悪魔か……!!)
ラルフの鉄の自制心はもう決壊寸前だった。なんとかなけなしの誇りをかき集めて反撃に移る。
「お願いだから、もうしまってくれ!!」
ラルフは体勢を反転させると、あっという間にマリナラをベッドに押し倒した。胸元のリボンをもう一度結ぼうとするが、女性物の服に疎いラルフは、目的のリボンをなかなか見つけられないでいた。
「あの、ラルフ様。くすぐったいのですが……」
「そ、それはすまない……」
傍目から見れば率先して服を剥ぎ取ろうとしているようにしか思えない。
当然、主寝室の扉を蹴り倒してきた不届き者達が見たのは半裸でベッドの上でいちゃつく1組の男女である。