ラルフとマリナラは契約を交わしたわけであるが、実際に契約が履行されるためには必ず乗り越えなければならない関門がある。

……国王による結婚の承認である。

庶子とはいえ王族であるラルフが結婚するためには必ず国王の承認が必要になる。国王の承認が必要なのはなにも王族に限った話ではない。結婚は家同士の結びつきを強くし友好関係を築くことができる一方で、不穏分子同士の結託を生む場合もある。誰が誰と結婚するかは当然精査される。

ラルフが結婚する場合、それが他の貴族より厳しく恐ろしく時間が掛かるだけだ。

通常の手続きを踏んでいてはひと月という期限には間に合わない。さらに言えば、身分違いの伯爵令嬢との結婚が認めてもらえるのかという問題もある。

マリナラの父であるレインフォール伯爵は王国の重鎮でもなければ、王国に貸しがあるような大層な人物でもない。
マリナラがどうやってこの婚姻をまとめるのか、ラルフには皆目見当がつかなかった。

「それで、マリナラ殿。我々はどちらに向かえばよいのだ?」

「玉石街にあるレインフォール家の別宅に参ります」

「レインフォール家の……別宅……?」

レインフォール家が王都に別宅を持っているのが意外で、ラルフは思わず聞き返した。

「祖父の代に手放したのを数ヶ月前に買い戻しましたの。普段は使っておりません。詳しくは別宅に着いてからご説明致します」

「承知した。それでは行こうか」

ラルフはマリナラにそっと手を差し出した。
これからラルフは何をするのか予想できたのかマリナラはふうっと諦めたように息を吐き、その手に己の手を重ねた。

「そんなに嫌そうな顔をしないでくれ。決して貴方を落としたりはしない」

「……ええ。お手柔らかにお願いします」

ラルフは宝物を扱うように丁寧にマリナラをしかと抱き上げると、やって来た時と同様に窓枠に足をかけ勢いよく飛び降りた。

夜を駆ける金色の鷹は、麗しの令嬢を胸に抱きながら軽やかに空を舞った。