ラルフは事の経緯を分かっている限り詳細に話した。マリナラは時折頷きながら話を聞いていた。驚くべきことにメモの類をとる様子が一切見られず、本当に頭の中だけに留めておくようだ。

「ララ姫がなぜ殿下を婿として指名したかご存知でしょうか?」

「いや」

「どうやらララ姫が大変な面食いというのは噂ではなく事実だったようですね。外交的に旨味の薄い殿下を選ぶなんて、よほどお気に召されたようですね」

「なんともまあ……幼稚な理由だな……」

マリナラの言うように政治的価値はなく単に顔面の美醜で選ばれたのだとしたら、ラルフとしてはいい迷惑である。
母親のアリスに似た金髪と端正な顔立ちは武人としては悪目立ちしてばかりで、ラルフの劣等感を煽るばかりである。

しかし、マリナラがラルフのこの容貌にそれなりの評価を下したのは意外だった。仮にも王族に「外交的に旨味が薄い」などとはっきりものを言う割に、普通の女性のような俗っぽい感性も持ち合わせている。

(……なんと掴み所のない女性だろうか)

ラルフが関わってきた年頃の女性とマリナラは一線を画している。これまで接してきた女性ときたら、いつもチラチラと物陰からこちらの顔色を窺うか、扇で顔を隠すようにしか会話をした記憶がない。それは高貴な女性におけるごく一般的な振舞ではあったが、王城よりも離宮での生活が長いラルフにはほとんど馴染みがなかった。
とにかく、マリナラは貴族の女性としては異例なことに堂々とラルフに顔を晒し、なんなら会話を楽しんでいる節すらある。

「問題なのは婿を選んだ基準が好きか嫌いかという感情論であり、論理的な説得が通じないという点ですね。婿入りをあちらから断る方法で一番簡単なのは殿下のお顔が醜くなるということでしょうか」

「顔に傷をつけろということか……?」

マリナラが「はい」と頷くと、ラルフは顔をしかめ低く唸った。

(……この娘やはり只者ではないな)

もはや発想が常軌を逸している。顔に傷をつけろなどと思いついたとしても普通は言わないだろう。

「折角の提案で悪いが、是非とも他の案で頼む。顔に傷がついたとしても大して困らんが、団長があっさり受傷したとあれば騎士団の面子に関わる」

騎士団の中には怪我をして目立つ場所に傷痕が残る者も多数おり、偏見や好奇の目に晒されることはない。それよりも団員たちに存在しない犯人を血眼になって探される方が厄介である。団員の中には血気盛んな若者も多く、無駄な使命感は騒動の種にしかならないからだ。

「かしこまりました」

マリナラはさも不服そうにそう言った。容姿にそれなりの評価を下したとしても、元来興味はないのだろう。
不思議なことにラルフはマリナラのその態度を好ましく思った。
崖っぷちの状況で嘘や偽りを並べ立てることの無益さをラルフは身を持って知っている。

「そうですね。殿下が病気や怪我などで伴侶としての能力に不足があるということを証明するのはいかがでしょうか?」

「残念ながら私はレジランカ騎士団の団長を務められるぐらいには頑強だし、これまで大病を患ったこともない。それか腕の一本でも折ってみるか?」

「仮病や偽装は隣国との友好関係を損ねる恐れがございます。それに片腕が折れたぐらいでは婿入りを破談にすることはできないかと思います」

顔の傷をつけるのも、腕を折るのもラルフにとってみれば同じ怪我の部類だが、女性にしてみれば何かが違うらしい。
ラルフはすっかり落胆していた。

「あとは……殿下に密かに愛人やお子様がいらっしゃるとか……。いくら書類上は未婚だとしても愛人がいるとあってはララ姫には耐え難いことでしょう」

「それも無理だな。もう何年も女性とは縁がないからな」

「それはそれは……ご冗談を」

「いや、冗談ではないぞ。私は女性からからきしモテないのだよ」

ラルフがハハハと豪快に笑い飛ばす最中、マリナラは殊更大きなため息をついた。