「さて、相談を受ける前にいくつか申し上げておきます」
マリナラは1人掛けのソファにゆっくりと腰掛けると、ラルフを正面から真っ直ぐに見据えた。
「第一に、私は慈善事業で他者からの相談を受けているわけではありません。解決方法の提案と引き換えにそれ相応の報酬を頂戴致します。もし現金でお支払い頂けない場合は問題の程度に見合った労働力を提供して頂きます」
(……もしかしてこの屋敷もそうやって手に入れた物だろうか?)
ラルフが好奇心から尋ねようとすると、マリナラは目を細め素知らぬ顔で微笑んだ。否定も肯定もしなかったが、かなり含みがある。
「第二に、相談された内容は絶対に他者には漏らしません」
「絶対にか……?」
「はい、絶対にです。相談された内容は全て私の頭の中だけに留めてあります」
玉石街に別邸を置かないのは相談に来た者たちの鉢合わせや、相談に来たところを目撃されるのを防ぐためなのだろう。ケルシェ村が丸々マリナラの手中にあるのならば、玉石街よりよほど使い勝手の良い場所だ。
「第三に、私にこれまで解決できなかった問題はございません」
マリナラは自信に満ち溢れた表情で、己の万能さを力説した。大仰に主張せずともラルフにはマリナラの有能さが分かり過ぎている。
「以上、3点を説明させて頂きました。問題なければこちらの誓約書にサインを頂けますか?」
「誓約書?」
「私は契約至上主義ですの。なかには難癖つけて報酬を払わないという方もいらっしゃるのです。もちろん誓約書は私以外のものが触れぬように厳重に保管致します」
ラルフは誓約書を丹念に読み込むと、陽に透かしてみたり、インクの匂いを嗅いだ。
マリナラを疑う訳ではないが、こういう契約書の類には小細工がつきものである。マリナラも織り込み済みなのか侮辱だと糾弾せずラルフの行動を容認した。
どこにも怪しいところがないことを確認するとラルフは署名欄にサインを書いた。
「さて、誓約書にサインを無事頂戴したところで本題に参りましょう。本日はどういったご用件でこちらにいらっしゃったのですか?」
ラルフはコホンと小さく咳払いをすると、神妙な面持ちで告げた。
「実は……隣国から婿入りの話がきているのだが、断りたいので何とかできないだろうか?」
マリナラは目を丸くしたかと思うと、次の瞬間にはクスクスと笑い出した。
「まあまあ……!!それはさぞお困りでしょう」
「ああ。困るなんてものではないぞ。大弱りだ」
ラルフとしては偽らざる本心を話しているつもりだが、マリナラにはそうは聞こえなかったらしい。押し殺したような笑い声が数秒間続き、なぜかラルフの方が気まずい思いをした。