「いったいなにしにきたの?」

 個室は開けずに語気を強めて彼女たちに問う。

「そんな怖い声出さないでよ、不知火さん。私たち助けに来てあげたんだよ?」
「あなたたちがやったんでしょ?」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。ねぇ?」
「そうそう。証拠は何もないでしょー?」

 白々しい。本当に同じ心を持った人なのかと疑わざるを得ない。どうしてこんなことができるのか。

「濡れた教科書乾かすの、手伝ってあげようと思ってさ」
「手伝う?」
「私たち布をたくさん持ってきたんだよ」
「そうそう、綺麗にする布だよ」
「上から受けとってねー」

 その声を合図に私はバッと上を見た。トイレの個室の開いた上から、掃除用のバケツの頭が顔を覗かせていた。
 バケツの口がこちらを向き、ひっくり返る。

「きゃっ!」

 それと同時に、バケツからドサドサっと重たい布が落ちてきた。

「うっ」

 下水のような汚い臭いを放つ複数の布切れ。思わず呻くような嫌な声が出る。

「ほら、たくさん持ってきてあげたよ?廊下とかの床を拭いてた雑巾」
「あははっ、湿ってるかもね!?」
「掃除で使ってたやつだからさー」
「あははっ!まじ酷い!」

 重たい汚水を含んだ大量の雑巾を頭から被る。灰黒く汚れたその布はあっという間にその汚い臭いを私に移していった。

「うわ、すごい臭い」
「個室越しでもまじで汚く臭うね!でも動物の唾液とかの方が汚いっしょ?」
「言えてるー!じゃあ大丈夫だね!」
「不知火さん、それで拭くの頑張ってねぇー」
「体拭いてきた方がいいよ?臭うから。生駒くんにその臭い移さないでね?」
「体拭くって、あの汚い雑巾で?」
「あはは、意味ねー!でもお似合いかもー」

 そう言ってケラケラと笑いながら複数の足音が遠ざかっていった。

「うぅ」

 私は俯いたまま何も言葉を発せなかった。
 酷い。なんで?どうしてこんなことするの?頭の中にそれしか浮かばない。
 私が酷いこと言ったから?生駒くんに近づいたから?部活なんて立ち上げたから?考えても考えても答えが出ない。
 出ない答えの代わりにそこにあるのは汚い雑巾と汚水の臭いだけだった。