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「はぁ…はぁ…」
「つ、つかれた」

 必死に走って1階の部室に到着する。どうやら放送部の部長は撒けたようだ。放送部の部長、文化部なのに足速すぎ。それだけ怒っていたんだろうな。今度あらためてちゃんと謝りに行こう。
 ピィちゃん、君のために僕ら頑張ったよ。だから可愛らしさで労って…。縋るようにピィちゃんを見つめる。

「ピィ?」

 そんな僕の思いは露知らず、ピィちゃんは「なんでそんなに疲れてるの?」とでも言わんばかりに首を傾げた。


「はぁ…はぁ…ふふふっ」

 椅子に座って天井を仰いでいた不知火さんが息を切らしながら唐突に笑い出す。

「え、どうしたの…不知火さん、壊れた?」
「ふふふっ、失礼だよ赤翼くん。あー、おかしいっ」

 彼女は目元に笑い涙を浮かべて反応する。本当に面白いと言った表情。彼女のそんな無邪気な笑いは普段とのギャップが大きい。

「私、こんなに走ったの久しぶり」
「え?そうなの?」
「ずっと怪我しないようにって体育も普段の生活も気をつけてたからね」
「あっ、そっか」

 すっかり忘れていたけれど、彼女は不死鳥の血が混じってる人間なんだ。もし転んで怪我でもしようものなら、周りが炎で包まれてしまう。

「ごめん、走らせちゃって。配慮が足りなかった」
「ふふっ、ほんとだよ」

 彼女は僕に咎める言葉を並べながらも、クスクスと笑って返してくれた。

「でも楽しかったからいいよ。久々に走って気持ちよかったし、追いかけっこは楽しかった」
「…はは、部長は決死の形相だったけどね」
「いや、それね!部長さん怖かった!」
「でももう1人の男の人は優しかったよね」
「ね、それにすごくいい声だった」

 さっきまでの出来事を思い返しながら、僕らは互いに顔を見合わせて話す。

「ふふふっ」
「あははっ!」

 そしてどちらからともなく笑いあった。
 夏の陽光満ちるお昼の部室。仄暗い部室に舞う小さな埃がキラキラと輝いて星屑のように見える。今まで僕はこんな風に誰かと青春のようなことをしたことがなかった。ずっと翔と十鳥先生とだけ話す日々。
 満たされてなかったわけじゃないけど、邪険に扱われず、遠巻きに見られず、自由に好きなことではしゃげるような青春を心のどこかで求めていたんだと思う。
 だから今、すごい楽しい。初めて彼女の秘密を知った時よりも、ずっとずっと仲良くなっている気がする。