「あぁ…」
へたり込んでしまった不知火さんと目線を合わせるように床へ。朧気な思考のまま燃える彼女の手を取る。灼熱の部室で人間の手のひらとは呼べない、翼になってしまった部位を握りしめる。
「熱っ」
彼女の手に灯る炎が僕に伝播する。燃え移る炎は見た目に違わぬ熱さだった。
「あか…ば…キュ」
彼女が無くなりかけの声帯で僕の名前を呼んだ。それはもはや人の声ではなかったけれど、悲痛そうなその声で頭に思考が少し戻る。
彼女はまだ人間だ…!
「…人間?」
業火に触れながらふと、このタイミングで思い出した。不知火さんのお母さんと初めて会った帰り、彼女から言われた一言。
『雛子が自分という人間のことを嫌いにならないように見守ってくださると助かるわ』
少し不思議に思ったあの言葉。お母さんは不知火さん自身に自分を嫌いにならないで欲しいからだと、僕は純粋にそういう意味だと思っていた。
もしかして、と1つの考えが脳裏を過る。不死鳥の血はどんな損傷も炎と共に再生させてしまう。体のコントロールが効かないうちは、損傷を受けると自然発火して治そうとする。本来あった肉体の状態へ、炎と共に戻っていく。
もしも、仮にもしも。不死鳥の一族にとって無理やり入れた人間の遺伝子、その姿が一種の損傷だとしたら?自身が人間だと自覚した上で、人間であることを嫌ったら?大人になる前にそう認識してしまい、再生をコントロールできなかったとしたら?
不死鳥の一族の本来あった姿へと──
「ピキュゥ…」
「不知火さん!」
不知火さんが僕に縋るように触れる。僕の体に燃える炎と熱が伝わっていく。翼になってしまった彼女の手の力は異常なまでに弱々しい。目の前にある顔はほとんど羽毛に覆われて、かろうじて残っていた彼女の琥珀色の瞳から透明な涙の粒が零れ落ちた。
僕の考えが正しいかわからない…。
「たす…ケ」
パチパチと音の鳴る焔の中で聞こえた。掠れて潰れた限界の声帯から、僕に助けを求める心の底からの声だ。
「っ!」
不知火さんは優しい人とか、命を大切にする人とか、友達とか。そんなの御託だった。
本当の僕は不知火さんの笑った顔が好きなだけだ。僕はこれからもずっと、人間の不知火さんと一緒にいたい。
僕の心に火が灯った。