夏の陽光は白い石畳に強く照り返し、上下左右から皮膚を熱して滝のような汗を流させる、のは俺だけで、鷹一郎もアディソン嬢もひょうひょうとしているのは気に食わないが、ともあれ俺は少し歩いてその灼熱地獄にたどり着いた。
 その噴水とやらはちろちろと水を噴き上げているがその周囲には人はいなかった。理由は明らかで、めちゃくちゃ暑いのだ。
 噴水の周りに数基の腰掛(ベンチ)があったがいずれも遮るものがなく、その木の台は熱く熱され金属のフレームは湯でも沸かせそうな高温だった。

 辛ぇ。
 しかし祟られて死にかけの俺には選択肢などないのだ。
 さすがに居留区の腰掛は偉人サイズだから十分に横たわることが出来た。だが直射日光というやつが仰向けの目に突き刺さって自然とまぶたは閉ざされる。お天道様は全ての魔を焼き尽くす、と思えばアレもやってこないのかと思ったがうつらうつらした瞬間に腐臭が漂った。ただでさえ疲れ果ててるのに全てを燃やし尽くすような日光が俺を縛り付けるように降り注ぐものだから気分はもはややけっぱちだ。
 もうどうにでも成りやがれ。ふわりと気が遠くなる。

「おっしゃるとおり確かに和装ではありませんでしたねぇ」
Paska!(糞!) なんでこいつはこんな重てぇんだよ」
「大きく育ったのですから仕方がないですよ」
「しっかしよ。真っ昼間の明るいとこでもあんなくっきり見えるもんなんだなぁ」
「それは私も驚きました。よほど哲佐君が気に入ったのでしょう」
「羨ましいねぇ」

 尻が石畳の上をゴリゴリと引きずられる痛みにふと目を開けて右を見るとアディソン嬢の苦々しげな目と目があった。

「起きたか。とっととてめぇの足で歩きやがれ畜生」
「まぁあと一息です。運びましょう」

 左側を見ると鷹一郎の涼しげな目が見下ろしている。どうやら両脇を持って引きずられているようだ。間もなく顔に影がかかり、真上を向くと木の葉がさざめいていた。どうやら気を失っていたのは一瞬のようだが起き上がろうと思っても体がちっとも動かねぇ。

「それで、何かわかったのか」
「結論として髑髏が着ていたのは日の本の服ではありませんでした」
「ありゃぁおそらく|Běisòng《北宋》あたりの服だ」
「宋? なんでそんな服着てんだよ」
「知るわきゃねぇだろ馬鹿」

 鷹一郎とアディソン嬢には燦々と輝く夏の太陽下で俺に絡みつく髑髏の姿がくっきり見えたらしい。昼日中に現れるなんざ、どんだけ執着してんだよ。
 普通は真っ昼間に幽霊を見ようなんざ思わねぇ。だから発想すらしていなかったがその姿を確認するには夜の闇より陽の光のほうがよいことは火を見るより明らかだ。

 それで現れた髑髏の姿は明らかに和装とは異なっていたらしい。
 筒袖の前合わせの上には緻密な刺繍が入っていた。腕の真ん中くらいの長さまでの羽織、それからスカァト。姿絵とは随分違う。
 だが伊左衛門を責められない。伊左衛門は質屋といっても骨董ではない。だから素材の善し悪しはわかっても古い異国の衣装など知らなかったのだろう。

「てぇことはあの髑髏は異人なのか? 伊左衛門の取引先の中国人か何かの縁ってえことか」
「いえ、それも少し考えがたい。アディソンさん、この宋服というものは容易に手に入るものですか?」
「んや、見ねぇな。つぅかよっぽど辺鄙な田舎じゃなきゃぁ全部満州服だよ。l'Annam(ベトナム)ですら服を満洲服にした。Qing()が強制したかんな」
「そう、ですか。そうすると伊左衛門の取引先の縁者というのも考えがたい」
「つまりどういうことだよ」
「馬ァ鹿、骨董品ってことだよ、そそるねぇ」

 骨董品。ということは髑髏自体が古いものということだ。
 宋? 宋っていつだったかな。確か元の一つ前だ。そうすると元寇よりさらに前。そうすっと鎌倉幕府? どんだけ古いんだよ。

「御伽婢子の該当する冊子だけを屋代さんにお借りしましたが、ひょっとしたらそれの更に元ネタがあるのかもしれません。それにしても伊左衛門が会ったのは何なのか」
「何?」
「髑髏本体に出会ったのなら伊左衛門はさすがに気がつくでしょう。伊左衛門さんは質屋です。そうすると髑髏に関連する物にかかわったのだろうとは思いますが、それは一体何なんでしょうねぇ」



「あるよ。剪灯新話(せんとうしんわ)だな、ちょっと待ってな」

 屋代の答えは実にあっさりしたもので、ふらりと訪れた俺と鷹一郎を店先において真っ暗闇の続く店の奥へと消えていった。
 ここは逆城南にある屋代賢示の店だ。好古屋という屋号でよくわからない店を開いている。屋代賢示は好古家で、わけのわからぬものを集めることを習性としている。ここに店を構えて古今東西の珍品奇品を買いあさり、金がなくなったらそれを高額で欲する者に売却することで生活している。
 だからこの新しく開発されたはずの区画の新しい店内には全ての窓や明り取りが塞がれるほどわけのわからぬ物が積み上がり、奥に行くほど黄泉路にでも直結するかのごとき闇に包まれている。
 そういえば逆城あたりには黄泉に続く7本の路があるってぇ噂もあったな。

 鷹一郎が『本当にありましたねぇ』などと呟いているうちに10分ほどで屋代は奥から戻ってきた。これほど物にひしめいているのに屋代にはどこになにがあるのかわかるらしい。
 そして表紙のない一冊の綴じ本を俺と鷹一郎の前に差し出した。

「写本だがな」
「これはどういう本なのですか?」
「お前さんがこないだ持っていった御伽婢子と同じだよ。明の初めに編まれた怪奇集で唐から続く伝奇小説の流れを汲んでいる」
「明代ですか」
「上田秋成も『吉備津(きびつ)の釜』というタイトルで翻案している」

 上田秋成というと雨月物語だな。
 そもそも俺と鷹一郎は牡丹燈籠について調べたいと言って御伽婢子の該当巻を借りたのだ。だからその時に剪灯新話についても教えてくれてもよかろうものとも思われるのだが、屋代の頭には古今東西の膨大な知識が詰め込まれている。だから関連するものとして想起されるものの量もまた膨大すぎて、それが求めるものかどうかは一々確認しなければわからない。だから畢竟(ひっきょう)、ピンポイントで求めるしかない。

「へぇ。異国の説話に興味はありませんでしたが開国しているのですし多少は学んだほうがよいでしょうかね」
「お前さんの興味は近所の妖怪だろ?」
「そうなんですけどね、哲佐君はこれから古今東西様々なものの供物となるでしょうから」
「巫山戯んな」