あやかしなんて眉唾物だ。誰も信じていないのに、夏になると幽霊やら妖怪やらその手の番組が増えるのは、歴史を紐解けば千年以上前から変わっていないという。

 鈴鹿だって、眉唾物だと言いながらまったく信じていないわけじゃない。だが、多くの人がそう思うように、見たことがないから得体の知れない恐怖があるというだけだ。
 天狗が空を飛んでいたなんて、それこそ飛行機かなにかと見間違えただけだろう。

 毎年夏になると四十度を超える猛暑のため、鈴鹿の通う高校を含めた教育機関は七月から八月末まで休みとなっている。

 鈴鹿は三年生で、本来ならば受験勉強真っ只中だが、幼稚園からエスカレーター式の私立に通っているため、形ばかりのテストがあるだけだ。
 勉強が捗るはずもなく、夏休みのほとんどを幼馴染みで同い年の大峰《おおみね》那智《なち》と、クラスメイトである天野《あまの》比子《ひこ》と、部屋でだらだらと過ごすことが多かった。

 そんなことをつらつらと考えながらペンを回していると、突然、インターフォンが鳴りひびく。

「わっ、びっくりした……」

(こんな時間に誰だろう)

 宅配便であれば、宅配ボックスに入れていくはずである。クラスメイトが家を訪ねる時間でもない。
 伊勢家は二階建ての一戸建てで庭に木々はない。玄関先は人が来ると自動的にライトが点灯するように設定されている。

 もう一度チャイムが鳴らされた。

 鈴鹿は足音を立てないように階段を下りると、インターフォンに備え付けてあるカメラで画面を確認した。

「……っ」

 またか、と重苦しいため息が漏れた。
 ここ何ヶ月か、鈴鹿は気味の悪い現象に悩まされていた。

 玄関前には、やはり人っ子一人いなかった。窓から見える玄関も庭も真っ暗なままだ。どこかに逃げたのではとカメラに写る周辺を見回すも、人の姿はない。

(うそでしょ……もう、いや……)

 最初は、近所のいたずら好きの子どもが遊びでチャイムを鳴らして逃げたのだと思っていた。だがそれが何度も続けば、恐ろしくなるというもの。
 鈴鹿は壁を背にして蹲り、耳を両手で塞いだ。
すると、家の電話がけたたましい音で鳴り響いた。

 いつもと同じだ。インターフォンが鳴らされると次に電話がかかってくる。電話に出ると「出てこい、出てこい」と女の声で繰り返されるのだ。

 得体が知れない、という意味では、あやかしと同じかもしれない。
 むしろ、鈴鹿にとってはあやかしであってほしいくらいだ。正体不明の悪意が人間の仕業だと考える方がよほど怖かった。

(だって、あやかしなんかより、人間の方がよっぽど怖いって私は知ってる)