「帰ってきたらダメだと言っただろう!」
 父が早口に言う。
「お祖母ちゃんは――」
 華衣の言葉は、後からやってきた足音にかき消されてしまった。後から後から、親戚が玄関先にやってきたのだ。
「早く帰れ、華衣! ここにいたらダメだ! 天狗に連れて行かれるぞ」
「え?」
 父があまりにも必死に言ったため、華衣はキョトンとしてしまった。 
「華衣! ダメって送ったじゃない! ああ、もう」
 母はその場にへたり込み、父は青ざめている。その後ろにやってきた伯母は腕を組み、怯える父母を見下ろした。
「だから女児なんて産むなって言ったのよ」
 ――何? どういうこと?
 華衣は事態が飲み込めなかったが、けれどどうやら天狗の話は母も父も知っているということだけは分かった。 
「まさか母さんの死と重なるなんてね」
 伯母はため息のように言った。それからこちらをじっと見る。
「華衣ちゃん、あなたがここに帰ってきてしまった以上、神様に背くわけにはいかないの。あなたは天狗の妻になる」
「な、どういうことですか!?」
 華衣は青ざめたまま何も話さない父母を無視し、伯母に駆け寄った。
「五十年に一度、村の十八歳の娘は天狗の妻となるために神に捧げられる。この村の掟よ」
「姉さんっ!」
 父が止めようとした。けれど伯母は止まらない。
「掟に背いたら、村に天罰が下るの。私の叔母も、天狗に連れて行かれたの。残念ながら、今年であれからちょうど五十年。村の血を持つ十八の娘は、あなたしかいない。あなたは天狗の花嫁なのよ」
「やめてくれ、天狗の花嫁なんて……」
「村を天災で潰したいの!?」
 弱った父に、伯母が怒鳴る。
「ともかく、華衣は今すぐ帰るんだ。ここにいたら、天狗に連れて行かれるんだ!」
「華衣はもう、私の嫁だ」
 それまで黙っていた浬烏が口を開くと、皆は彼に釘付けになった。