「着いたぞ」
 浬烏のその言葉に、華衣はつぶっていた目をそっと開いた。お祖母ちゃんの家の前にいた。
 車なら三十分の距離を、どのくらいで着いたのだろう。とても早く着いたに違いない。
 浬烏は華衣をそっと地面に下ろす。華衣は思わずぶるりと身体を震わせた。幾つもの風を切ったせいで、夏の夜にも関わらず、身体が冷え切ってしまったらしい。
「寒いのか」
 浬烏に聞かれ、華衣はコクリと頷く。すると瞬間、浬烏はパチンと指を鳴らす。華衣はなぜか急に温かな空気に包まれ、鳥肌も元に戻っていた。
「え、何で!? っていうかあなた、何者なんです!?」
 人じゃない。けれど、どこからどう見ても人と差異はない。華衣はひどく混乱して、思わず大声を上げた。
 一方で、浬烏は右手を軽く上げた。すると、どこからか飛んできたのか華衣のスーツケースが現れ、浬烏はその手でキャッチした。
「お前の荷物だ」
 差し出された華衣は目を真ん丸にしたまま受け取った。
「私は神の眷属(けんぞく)、人呼んで烏天狗。華衣を迎えに、かくりよからやって来た」
「迎えに……?」
「烏天狗に選ばれし妻は、かくりよで過ごす。かつて人間の長と神が決めた、約束事ではないか」
「え、ちょっと待って」
 華衣は懸命に頭を働かせた。
 彼が烏天狗であるということは、百歩譲って理解できる。人でない速度で華衣をここまで運んできた事実があるからだ。けれど、選ばれし妻? 迎えに来た?
 ――と、いうことはつまり。
「私、あなたと結婚してるんですか!?」