「ねえ、華衣」
 しゃがみ込んでいた母が、華衣の顔を覗いた。
「天狗様が華衣を返してくれたのよね? それは、きちんと離婚できたってことなのよね?」
 華衣は静かに首を横に振った。腕で涙を拭うと、二人に向き合った。
「浬烏が私を人の世に返してくれたのは、浬烏の優しさだと思う。神様はね、浬烏との子を成せば、私に離婚してもいいって言ったの。でも私、浬烏とはそんなことしてないし、むしろもっと酷いこと言って……浬烏を、傷つけた」
 言いながら、やっぱり涙が溢れてしまう。
「浬烏はね、とても優しい人。だから……私……」
 もう一度会いたい。会って、好きだと伝えたい。
 言葉を紡げなくなった華衣に、父母は悲痛な顔を向けた。
「戻って来て欲しいなんて、私たちのわがままだったわね」
 母の小さく震える声が聞こえて、華衣は首を横に振った。
「違う。私だって、浬烏に、人の世に戻りたいって言っちゃったもん」
 こんな暗がりに閉じ込められているというのに、恐怖よりも感じることがある。ただ、浬烏を恋しいと思う。また共に、折り紙を折りたいと思う。
「浬烏……」
 呟き、その場にへたり込む。その時、ジーンズのポケットで何かが音を立てた。手を入れ、探る。銀色の鈴が入っていた。
 浬烏……!
 華衣は一か八か、それを鳴らした。小さな鈴からは思いもよらないほど、大きくて繊細な音が鳴った。この世のものとは思えない、優美な音色が蔵の中に響いた。
「浬烏……、会いたいよ、浬烏!」