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「華衣! 華衣なの!?」
 突然聞こえた母の声に、華衣は目を開いた。目の前に、父と母がいる。
「あれ……?」
「華衣よ! ああ、良かった。華衣、分かる?」
「ここ……お祖母ちゃん家?」
 華衣は起き上がり、辺りを見回す。かくりよで過ごした場所と似ているが、丸窓も、その先の枯山水も立派な桜の木もない。代わりに蝉しぐれがうるさいくらいに聞こえ、じめじめとした夏特有の空気が肌にまとわりついた。
 戻ってきた。しかも、突然。
「浬烏は!?」
 嫌な予感がする。胸がドクドクと早まる。
「浬烏というのは、烏天狗のことか?」
 父に言われ、こくりと頷いた。
「昨夜、彼が華衣を返しに来た」
 父の言葉に、華衣は耳を疑った。しかし、父は見ていたのだ。浬烏が華衣をそっと布団の上に下ろし、おでこに口づけをして去って行く様を。
「そんな……」
 華衣は、昨日浬烏と交わした言葉を思い出す。
『人の世に、戻りたいか?』
 最初から、浬烏は自分を人の世に戻すつもりであんなことを言ったのだと、華衣は今さら気付いた。だったら、あの後の言葉を紡げなかったことは後悔しかない。なぜ彼に制止され、素直に言葉を止めてしまったのか。
「お母さんね、神社にお願いに行ったのよ。華衣をどうか返してくださいって。その願いが叶ったのね。ああ、嬉しいわ」
 涙ぐむ母に抱きしめられたが、華衣は素直に喜べなかった。浬烏と、もっと一緒にいたかった。