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 浬烏は困惑していた。欲しいものを与えたいと思う。なのに、出したら違うと言われる。どうしたら彼女の不満を拭いされるのか、全く分からない。
 彼女を人の世に戻すのはやぶさかではない。眷属の仕事は一人でできるし、自分はまだまだ現役で眷属として活躍できる。子が欲しいとも思わない。彼女が望むなら、人の世に戻してやりたいと思う。
 だが、そのためには子を成さねばならない。神は絶対なのだ。しかし、彼女を組み敷くのは間違いなのだと、昨夜の彼女が物語っている。
「あの――」
 華衣が不意に口を開いた。浬烏は彼女を見下ろした。華衣は丸窓の外を眺めていた。
「桜。どうして植えたんですか?」
 浬烏はぎょっとした。まさかそんなことを訊かれるとは思わなかった。華衣が向こうを向いていて、良かった。こんな顔を見られるのは恥ずかしい。そもそも、なぜ自分がこんなにぎょっとしたのか分からない。
「お前が好きだと言ったから」
 答えなくては不義理だと思い、浬烏は口を開いた。しかし、発言してみたら胸のあたりがむずむずとして、なんとも言えない思いがこみ上げてくる。
 何なんだ、この気持ちは。虫けらが胸中を這いまわっているような、それでいて不快ではない。むしろ喜びすら感じる、意味の分からない感情だった。
「私、そんなこと――」
「言った。お前の魂を、何度かかくりよに通わせたことがある」