浬烏はなぜか眉をひそめ、低い声で華衣をじっと見る。
「すみません」
　華衣はそう小さく答えることしかできなかった。
「何かあれば、その鈴を鳴らせと教えただろう」
　浬烏の怒りを含んだ声に、華衣はひゅっと息を飲む。
「だが、食事はとったようだな」
　急に優しくなった浬烏の声色に、華衣はほっと胸をなでおろした。華衣がそうする間に、浬烏は指をパチンと鳴らす。すると、食事を終えた食器があっという間に消えていった。
　浬烏はそのまま、テーブルの前に腰を下ろした。何をするでもなく、ただそこに胡坐をかき、腕を組んで座った。窓の外を見ている。
　華衣は浬烏の横で、彼の横顔を見上げた。心の内は分からないけれど、その横顔は美しい。
「私はお前の欲しいものが分からない」
「へ？」
「不満だらけだと言ったな。何が欲しい？」
　浬烏はただじっと窓の外を見つめる。その横顔は愁いを帯びていて、どこか迷子になった子供のようでもあった。
「欲しいものなんてないんです」
　つい、華衣は口を開いた。
「私はただ、人の世に帰りたい」
「なぜ人の世にこだわる」
「だって、ここは私の生まれた場所じゃないから。勝手も分からないし、何もすることがない。気の置けない人もいないし、家族だって、友達だっていない」
　華衣はたった一日、なのになぜかもう懐かしい家族を想った。ここにきてしまったのは彼らのせいではあるが、それでも華衣にとってはかけがえのない家族なのだ。
　すると、浬烏はパチンと指を鳴らす。浬烏の背後に、母と父が現れた。
「え、お母さん、お父さん……？」
　しかし彼らはニコニコと笑っているだけで、口を開きもしないし動きもしない。浬烏が天狗の力で作り出した偽物なのだと、華衣は瞬時に悟った。
「そういうことじゃない！」
　華衣は声を荒げた。すると、浬烏は突然眉尻を下げる。
「すまない」
　たった一言、ぽつりとこぼし、浬烏は指をパチンと鳴らす。するとたちまち父母は煙のように消え去った。