「私の花嫁はな、浬烏を産んですぐに亡くなったんだ」
「え?」
華衣は思わず口を挟んだ。烏天狗を産むというのは危険なことなのだろうか。
「別に烏天狗の子を産んだから、というわけではない。元々虚弱な妻だった」
浬烏の父は言いながら、何か懐かしいものを思い出すように目を細めた。
「倅が生まれた頃には神の眷属はもう、烏天狗だけだった。他の眷属は皆、人の世に降りてしまったのさ。人を愛するが故に、人になることを選んだ」
「あなたは、人になることを選ばなかったのですか?」
「ああ、私までいなくなっては神は人々の願いを聞き届けることはできないからね。かくりよに残った唯一の眷属として、私は妻を迎えた。妻は眷属を絶やしてはならないと、責任を感じていたのだろう。本来なら人間の世で正しい治療をして、もっと永く生きられただろう命を、彼女は倅を産むことに使ってしまった」
彼女は一体なぜ、そこまで烏天狗の子を産むことにこだわったのだろう。華衣は子を成すことなど、はなから望んでいない。だから、余計にそう思った。
「私は神の眷属として仕事を務める傍ら、倅を育てた。倅は器用なやつでな、すぐに天狗の力を使いこなし、神の即戦力になった。私は誇らしかったが、反面、私は間違えたんだな」
「間違えた……?」
「私が倅にしてやったのは、天狗の力を使う訓練で、子育てではなかったのだ。神の眷属としての使命を全うするのには長けているが、それ以外はからきし駄目になってしまった」
「だからって、それで私を襲ったことを許す気にはなれません」
「それは本当に申し訳ないと思っている。だが――」
浬烏の父は眉をハの字にして、悲しそうな顔をした。
「――嫌わないでやってほしい。離婚したいというのも、そういうことなのだろう?」
――なんだ、この人も私を結婚に引摺りこみたいだけなんだ。
華衣は気付いて、落胆の溜息をこぼした。味方など、どこにもいない。優しそうだと思ったが、これ以上は絆されてしまいそうだ。
「でも私は、彼のことは好きにはなりません」
「そうか。君がそう言うのなら、仕方ない」
浬烏の父はそう言うと、丸窓の外に目線を移した。
「見事な桜だな」
「何ですか、突然」
「私の妻は楓が好きでな。倅が幼い頃は、ずっとここに赤く染まった楓の木を植えていた。だが、最近だ。倅がそれを桜に変えた」
「え?」
「まあ、いいものだな」
浬烏の父は立ち上がる。そのちょうど後ろに、浬烏が立っていた。
「私の妻に、何か用がありましたか?」
「いや、少し話をさせてもらったたけだ」
「父上は身体が弱いのです。無理して部屋を出ないでください」
浬烏は淡々と言うと、父の身体を支えてそのまま襖戸をピシャリと閉めてしまった。
しかしそれも三秒ほど。再び襖戸がしゅっと開くと、そこには浬烏が一人で立っていた。
「なぜ父を呼んだ」
「え?」
華衣は思わず口を挟んだ。烏天狗を産むというのは危険なことなのだろうか。
「別に烏天狗の子を産んだから、というわけではない。元々虚弱な妻だった」
浬烏の父は言いながら、何か懐かしいものを思い出すように目を細めた。
「倅が生まれた頃には神の眷属はもう、烏天狗だけだった。他の眷属は皆、人の世に降りてしまったのさ。人を愛するが故に、人になることを選んだ」
「あなたは、人になることを選ばなかったのですか?」
「ああ、私までいなくなっては神は人々の願いを聞き届けることはできないからね。かくりよに残った唯一の眷属として、私は妻を迎えた。妻は眷属を絶やしてはならないと、責任を感じていたのだろう。本来なら人間の世で正しい治療をして、もっと永く生きられただろう命を、彼女は倅を産むことに使ってしまった」
彼女は一体なぜ、そこまで烏天狗の子を産むことにこだわったのだろう。華衣は子を成すことなど、はなから望んでいない。だから、余計にそう思った。
「私は神の眷属として仕事を務める傍ら、倅を育てた。倅は器用なやつでな、すぐに天狗の力を使いこなし、神の即戦力になった。私は誇らしかったが、反面、私は間違えたんだな」
「間違えた……?」
「私が倅にしてやったのは、天狗の力を使う訓練で、子育てではなかったのだ。神の眷属としての使命を全うするのには長けているが、それ以外はからきし駄目になってしまった」
「だからって、それで私を襲ったことを許す気にはなれません」
「それは本当に申し訳ないと思っている。だが――」
浬烏の父は眉をハの字にして、悲しそうな顔をした。
「――嫌わないでやってほしい。離婚したいというのも、そういうことなのだろう?」
――なんだ、この人も私を結婚に引摺りこみたいだけなんだ。
華衣は気付いて、落胆の溜息をこぼした。味方など、どこにもいない。優しそうだと思ったが、これ以上は絆されてしまいそうだ。
「でも私は、彼のことは好きにはなりません」
「そうか。君がそう言うのなら、仕方ない」
浬烏の父はそう言うと、丸窓の外に目線を移した。
「見事な桜だな」
「何ですか、突然」
「私の妻は楓が好きでな。倅が幼い頃は、ずっとここに赤く染まった楓の木を植えていた。だが、最近だ。倅がそれを桜に変えた」
「え?」
「まあ、いいものだな」
浬烏の父は立ち上がる。そのちょうど後ろに、浬烏が立っていた。
「私の妻に、何か用がありましたか?」
「いや、少し話をさせてもらったたけだ」
「父上は身体が弱いのです。無理して部屋を出ないでください」
浬烏は淡々と言うと、父の身体を支えてそのまま襖戸をピシャリと閉めてしまった。
しかしそれも三秒ほど。再び襖戸がしゅっと開くと、そこには浬烏が一人で立っていた。
「なぜ父を呼んだ」