――事の始まりは、一か月前。梅雨の半ばのじめっとした空気漂う、六月下旬だった。
 華衣は春より始めた一人暮らしにも慣れ、充実したキャンパスライフを送っていた。
「また見たの? そのイケメンの夢」
「そうなの! しかもね、今度は何かの儀式だった!」
 華衣はランチタイム中、このところ何度も夢に出てくる美男子の話を友人にした。
「儀式?」
「そう、何かね、和風で雅な音楽が流れてる中で、そのイケメンと隣同士に座っててさ、――」
 華衣は夢の話を鮮明に思い出せることに驚きながら、続きを友人に話した。

「私の真似をしろ」
 イケメンに言われ、両手の平を上に向けて、顔の前でくっつけた。するといつの間にかそこに小さな盃が乗っていて、透明な液体が揺れていた。隣で、イケメンが三度に分けて口に運ぶ。華衣も同じようにした。すると盃は消え、今度は先程よりも大きな盃が手に乗っていた。それも三度に分けて口に運ぶと、それも消え、次は大きな盃が手に乗った。

「――で、それも三回に分けて飲んで」
「それ、三々九度じゃん!」
「サンサン、クド……?」
 遮られた言葉の意味がわからずに、華衣は首を傾げる。
「神前式でするやつ! 結婚式だよ結婚式!」
 やっと意味がわかり、華衣の頬は赤くなった。夢の中で、見知らぬイケメンと、勝手に結婚式を挙げていたのだ。
「それ、あれだよ、ある種の病気っていうか」
 友人は笑いながら、本日のランチ定食をほおばる。一方の華衣も、手元のカレーを一口食べた。
「病気ってなによー」
「華衣の理想の男性がこの世に現れないから、華衣が頭の中で生み出しちゃったんだよ。結婚までしちゃったのは、きっと華衣の深層心理だよ、結婚したいって願望の」
「なにそれ。確かに彼氏とかいたことないけどさ、酷くない?」
 なんて言いながら、二人はケラケラと笑い合った。
「そんなにイケメンなら私も会ってみたいなー」
「夢の中にスマホ持っていきたいわ。写真撮りたい」
 すると友人は、「あ、じゃあさ」と鞄からノートを取り出した。
「似顔絵描いてよ! 雰囲気でいいから雰囲気で!」
 友人に言われ、華衣はカレーの最後の一口をほおばり、もぐもぐしながら皿を端に寄せた。友人に差し出されたノートを開き、ボールペンの先を出す。夢の彼を想いながら、そこにペン先を滑らせた。