「そもそも、人の世の何が良いのだ」
 浬烏は部屋の入口に立ったまま、腕を組んでコチラを見下ろす。華衣はその偉そうな態度に苛ついて、むっと顔をしかめた。
「今さら、とは思わんのか? あれほどお前を怒らせた伯母に、両親に会いたいのか? 私のそばに居れば何物でも手に入るというのに」
「はい?」
 腕を組み偉そうな態度を取っておきながら、浬烏はしごく当然のことだといわんばかりに言葉を紡ぐ。
「欲しいものがあれば、私が何でも与えてやる。部屋だってお前の言う『お祖母ちゃん家』を模した。それで何が不満なんだ」
「不満だらけですよ……」
 伝わらないな、と華衣は悟った。だからこそ、声が小さくなってしまった。
 私はここに、一人ぼっちだ。得体のしれない烏天狗に妻だと言われ、どこだか分からないかくりよに連れてこられ、さらに家の主には想いを汲み取るという能力が欠如しているらしい。不満以外の何があろうか。
 すると浬烏はまた指をパチンと鳴らした。テーブルの上に、突如銀色の鈴が現れた。
「何かあればそれを鳴らせ。お前の元に参ろう」
 浬烏はそう言うと、襖戸をぴしゃりと閉めて行ってしまった。