翌朝、目が覚めると見慣れぬ木目の天井が目に入る。華衣は、自分がかくりよにやって来たのは夢ではなかったのだと、起きると同時に落胆した。
 身体を起こす。丸窓から入る光が部屋の中をぼんやりと照らしている。窓の外では相変わらず桜の花びらがはらはらと舞い落ちているが、それ以上に部屋の様子に華衣は目を見張った。
「お祖母ちゃん家と同じだ」
 昨日までは無かったはずだ。床の間に置かれたテレビに掛け軸、背の低いテーブルの上にはフルーツとお菓子の入った籠。間取りこそ違えど、祖母の家で華衣がいつも泊まっている部屋と同じ家具が配置されていた。部屋の片隅には、華衣が部屋から持ってきたスーツケースも置かれている。
 なぜ? と思っていると、襖戸がすっと開く。思わず身構えるが、開いた先にいた浬烏は部屋の中に入ってこなかった。
「華衣、起きたか」
「はい」
「腹は減らぬか?」
 華衣はお腹をさすり、腹の虫が鳴りそうなのを我慢した。
「減りません」
「そうか。だが――」
 浬烏は指をパチンと鳴らした。するとほかほかな和風の朝ご飯が、テーブルの上に並んだ。
「食べろ。昨夜から何も食べていないだろう」
「いりません」
 華衣はちらりと湯気を立てるご飯たちを見たが、すぐに唇を尖らせたそっぽを向いた。
「そうか。しかし私も今日は用事があってな。お前のそばにはおれんのだ」
「別に一人でかまいません」
「私はこれから神の使いで人の世に降りる。不便をかけるが、ここで待っていろ」
 浬烏の『人の世』という言葉に、華衣は彼の方を振り向いた。
「なら、私も一緒に――」
「ならぬ。華衣は私の嫁だ。子を成さぬ今、人間の元に返すわけにはいかない」
 やっぱりなぁ、と、華衣はため息をこぼした。