神の声がそれ以上聞こえなくなると、再び雅楽が鳴り出す。浬烏は立ち上がり、踵を返した。しかし、華衣はそこから動けなくなっていた。
「どうした、華衣。行くぞ」
「なんであなたは普通なんですか……」
「神は絶対だ。離婚できる条件が分かって良かったではないか」
「全然良くないですよ!」
 殺風景な表情をぴくりとも動かさず、声色すら変えない浬烏に、華衣は思わず大声を上げた。
「だって、子を成せって……どういうつもりです!?」
「神は人々の願いを聞き、叶える。しかしその身体は実体を持たない。人の世に下り、彼らの願いが適切であるか判断し、神に報告するのが神の眷属である私の仕事だ」
「それと子を成すこととどう関係があるっていうんですか!?」
「神の眷属は今は私一人。眷属は昔から、人の世に下りるため、人の姿を得るために人間と契り子を成してきた。しかし人から生まれた眷属には寿命がある。命が尽きるまでに子を成さねば、眷属は途絶えてしまうのだ」
「でも、だからって何で私が――」
「子を攫わぬ代わりに五十年に一度、花嫁を差し出すと決めたのは人間の方ではないか」
「そんなの私知らないし!」
「だがそれは人間の都合だろう。約束を違えるわけにはいかない。神は絶対だ」
「でも……何で……」
 華衣はだんだんと悔しくなり、膝の上で両こぶしを握った。うつむき、けれど泣いたらここにきた決意をダメにするようで泣けない。
「行くぞ、華衣」
 華衣が黙っていると、浬烏はさっさと歩き出す。華衣はそんな彼の態度に苛立ったが、どうすればよいかも分からず慌てて彼について行った。