「あ、あなた様は……」
 父は震え、母は泣いている。伯母は目を見開き、口をあんぐりと開けている。
「いかにも、私が烏天狗。名は浬烏という。魂のみの祝言を、近頃の人間の様に合わせて六月に挙げさせてもらった」
「いやいや、私許可してないからね! あんなの夢だと思ってたし!」
「三々九度を交わしたではないか」
「あれはあなたに真似をしろって言われたから!」
 浬烏の勝手な物言いに、華衣の心は苛立った。
「そもそも私まだ結婚なんてしたくないし!」
「したいしたくない、ではない。私とお前はもう結婚“している”のだ」
「なら離婚! あなたと離婚する!」
「リコン……?」
 浬烏は少しばかり眉をひそめ、小首をかしげる。
「結婚をなかったことにするってことです!」
「それは許されないわ! この村を潰す気!?」
 背後から伯母の怒号が飛んてきて、華衣はピクリと肩を揺らした。
「何、それ」
 華衣はポツリと呟く。けれど、次の瞬間思い切り振り返り、苛立つ気持ちのまま言い放った。
「村の掟だかなんだか知らないけど、私はちゃんと好きになった人と結婚したい! お母さんとお父さんだって、そう思うでしょ!?」
「ああ、でも……」
 父は言葉を濁らせ、母は何も言わずに小さくなる。華衣は思い知った。この場所に、自分の味方はいないということを。すると華衣は浬烏に向き直る。
「私、離婚したいです! 離婚、できますよね!?」
「……私は神の眷属。神に従って生きる者。神が許可をすれば、リコンも可能ではあると思うが」
「じゃあ、神様に会わせてください!」
 前のめりになりながら、華衣は浬烏に詰め寄った。
「承知。神もかくりよにいる。かくりよに向かうことになるが、良いな」
「……分かりました」
 華衣は下唇を噛み、浬烏の提案を受け入れる。
「私、絶対離婚してここに戻ってくるから!」
 口を噤んだ父と母、それから怪訝な顔をする伯母に向かって、華衣はそう宣言をした。