「ぎゃあぁぁぁぁぁぁあ!」
 華衣(かえ)浬烏(りお)に横抱きにされながら、彼の首元にしっかりと手を回し、しがみつくようにしてぎゅっと目を閉じた。
「二回目だ、もう慣れただろうに」
「慣れないです! 絶対に慣れないです!」
 慣れるほうがおかしい、と華衣は頭の中で叫ぶ。なぜなら、華衣は今、遥か空の彼方を飛んでいるのだから。
 星空散歩なんて言ったら聞こえは良いが、そんな余裕はどこにもない。風を切りながら上昇していく華衣の身体を支えるのは、膝の裏と背に添えられた浬烏の二本の腕だけなのだ。
 浬烏は(からす)天狗(てんぐ)だ。彼の背中に生えた濡れ羽色の大きな羽が、それを物語っている。浬烏はそれをバサバサと動かし、華衣を抱きかかえその身一つで空高く飛んでゆく。
 華衣はちらりと首だけ動かし、彼の着物の肩越しに先程までいた祖母の村を見た。その明かりがポツポツとあるのは、遥か下方だ。華衣は思わず身を強張らせる。
「そんなに怖がらんでも、落としたりはしない。華衣は、私の妻だからな」
 浬烏はその端整な顔立ちを殺風景にしたまま、ニコリとも笑わずに言う。
 ――そうだ、私はこの人の妻。
 華衣は浬烏の言葉を受け、ぐっと唇を噛んだ。父も母も、華衣が村に帰ってきた以上烏天狗と結婚せざるを得ないと言った。それどころか、伯母には「離婚はできない」「掟を破ったら村に災いが訪れる」などと言われてしまった。
 ――でも、やっぱりこんなのおかしい!
 何が何でも離婚する。華衣は心に誓い、そのためにこうして浬烏と“かくりよ”という場所に向かっているのだ。
 華衣は睨むように、足元で光る村に鋭い視線を向けた。先程よりも光が小さくなっている。
「やっぱり無理ーーーーーーっ!」
 叫ぶも、夏の夜の星がただ瞬いているだけだ。全身に感じる風に怯えながら、華衣は早くかくりよに着くよう願った。