翌朝──海殊が目覚めると、そこはコテージの中だった。
周囲を見渡しても、人がいる気配はない。寝具は海殊が寝ていた分だけが敷かれていて、もう一人の分は一式綺麗に折り畳まれていた。
「あ、れ……? 何で俺、こんなところにいるんだ?」
自分の記憶を整理してみるが、どうして自分がここにいるのか、よく覚えていなかった。
確か昨日は、終業式のはずだ。だが、登校中に何か嫌な事があって、出席せず家に帰ったのである。そして帰宅後、春子にも何か不愉快な気持ちを抱いて、そのまま家を出てこのコテージに来た──という事までは覚えている。
だが、その肝心な部分が思い出せない。
(待て……俺は、一体何にあれだけ怒っていたんだ?)
これまで真面目一貫で優等生をしてきた海殊である。ちょっと嫌な事があったくらいで学校を休んだり、ましてや春子に怒りを覚えたりするはずがない。
だが、それなのに、その肝心な部分──何に怒りを覚えたかについては一切思い出せなかったのだ。それにも関わらず、どうしてか家を飛び出し、そのまま電車の下り方面に乗って、ここのキャンプ場に辿り着いたのは覚えている。
このキャンプ場では、探検したり夜空を見上げたりして、とても楽しかった記憶がある。そして、その後にとても悲しい気持ちになった事も、覚えていた。
しかし──それが何に対して、誰に対してそれらの感情を抱いたのか、という記憶は綺麗さっぱり抜け落ちていた。
釈然としないまま海殊は起き上がると、布団を畳んで部屋の隅の布団の横に並べる。
それからもう一度記憶の断片を取り戻すべく、コテージの中を見て回った。
部屋の中は綺麗に片付けられていて、それはまるで誰かが掃除をしてくれた後の様であった。無論、海殊にはそれらを掃除した記憶はない。
念の為ゴミ箱の中を覗いてみたが、そこには昨夜食べたであろうスナック菓子やカップラーメンの容器があっただけだった。
(あれ……?)
海殊はそのゴミ箱の中に何か違和感を感じて、ゴミを取り出した。
そこには、一人で食べる分には些か多いスナック菓子と、二人分のカップラーメンの容器と割り箸。そして、海殊が好まない様な甘いお菓子もあった。
「これを、食ったのか? 俺が……?」
甘くて避けていたお菓子の袋を見て、愕然とする。
海殊からすれば、何かゲームで負けた際の罰ゲームでないと食べないようなお菓子だ。だが、彼の靄がかかった記憶の中にも、お菓子やカップラーメンを食べた記憶が微かにある。おそらく、この甘いお菓子も食べたのだろう。
「おいおい、勘弁してくれよ……この年で記憶障害は堪ったもんじゃないぞ」
海殊はぼやいて洗面台に行くと、そこにはアメニティの歯ブラシが"二本"置かれていた。どちらも使用済で、そのうちの一本昨夜は自分が使った事で間違いない。だが、もう一本は……?
先程から、そこかしこにある違和感。それは海殊以外に誰かがいたのではないか、と思わされるものだった。
だが、海殊の記憶には一人でこのコテージに来た記憶しかないし、一人で過ごした記憶しかない。
何とも気持ちの悪い感覚だけが、彼の周囲に残っていた。その気持ち悪さは決して気味の悪さではなくて、『何かが足りない』というモヤモヤとした何かだった。自分にとって大切なものが欠けている気がしてならないのだ。
スマートフォンの記録を辿ろうにも、電池が切れてしまっていて、うんともすんとも言わない。充電器が入っている学校の鞄を家の玄関に叩きつけてそのままここに来てしまったので、充電できなかったのだ。
仕方なしに帰り仕度をして、そのままコテージを後にする。代金は昨日に払ってあるので、もう帰るだけだ。
駅までのバスが運よく来ていたので、それに飛び乗って山を後にする。
バスの中から見る景色は、どこか虚しかった。寂しくて胸が痛くなる。だけれど、どうして自分がそんな気持ちになるのか、海殊にはさっぱりわからなかった。
それに、行きのバスでは楽しかったのを覚えている。これで人の目を気にせずとも良い、と気楽に"笑い合っていた"記憶があった。
(待て……俺は、誰と笑い合っていた?)
昨日、このバスには誰かと乗っていた気がする。しかし、それが誰だか思い出せない。
(地元の子と仲良くなった、とかか? それで、コテージで遊んでいた、とか?)
そう考えて、待て待て、と自分の思考を否定する。
そう、彼の記憶には、昨日一人で過ごした記憶しかないのだ。だが、その記憶はとてもあやふやで、まるでキツネにつままれたかの様な気分でもあった。
記憶はないのに、誰かと過ごしていた形跡と感覚が、海殊の中には確かにあるのだ。
(神隠しに遭った気分ってのは、こんな感じなのかな)
結局、バスの窓から景色を眺めていても、記憶の手がかりは一切なかった。ただ虚しい気持ちと喪失感、それとはっきりしないモヤモヤだけが彼の中に残っていた。
それは家に帰るまでの電車の中でも同じだった。ただただ何かが欠落した感覚と、どこか悲しい気持ちだけが胸を締め付けていた。
周囲を見渡しても、人がいる気配はない。寝具は海殊が寝ていた分だけが敷かれていて、もう一人の分は一式綺麗に折り畳まれていた。
「あ、れ……? 何で俺、こんなところにいるんだ?」
自分の記憶を整理してみるが、どうして自分がここにいるのか、よく覚えていなかった。
確か昨日は、終業式のはずだ。だが、登校中に何か嫌な事があって、出席せず家に帰ったのである。そして帰宅後、春子にも何か不愉快な気持ちを抱いて、そのまま家を出てこのコテージに来た──という事までは覚えている。
だが、その肝心な部分が思い出せない。
(待て……俺は、一体何にあれだけ怒っていたんだ?)
これまで真面目一貫で優等生をしてきた海殊である。ちょっと嫌な事があったくらいで学校を休んだり、ましてや春子に怒りを覚えたりするはずがない。
だが、それなのに、その肝心な部分──何に怒りを覚えたかについては一切思い出せなかったのだ。それにも関わらず、どうしてか家を飛び出し、そのまま電車の下り方面に乗って、ここのキャンプ場に辿り着いたのは覚えている。
このキャンプ場では、探検したり夜空を見上げたりして、とても楽しかった記憶がある。そして、その後にとても悲しい気持ちになった事も、覚えていた。
しかし──それが何に対して、誰に対してそれらの感情を抱いたのか、という記憶は綺麗さっぱり抜け落ちていた。
釈然としないまま海殊は起き上がると、布団を畳んで部屋の隅の布団の横に並べる。
それからもう一度記憶の断片を取り戻すべく、コテージの中を見て回った。
部屋の中は綺麗に片付けられていて、それはまるで誰かが掃除をしてくれた後の様であった。無論、海殊にはそれらを掃除した記憶はない。
念の為ゴミ箱の中を覗いてみたが、そこには昨夜食べたであろうスナック菓子やカップラーメンの容器があっただけだった。
(あれ……?)
海殊はそのゴミ箱の中に何か違和感を感じて、ゴミを取り出した。
そこには、一人で食べる分には些か多いスナック菓子と、二人分のカップラーメンの容器と割り箸。そして、海殊が好まない様な甘いお菓子もあった。
「これを、食ったのか? 俺が……?」
甘くて避けていたお菓子の袋を見て、愕然とする。
海殊からすれば、何かゲームで負けた際の罰ゲームでないと食べないようなお菓子だ。だが、彼の靄がかかった記憶の中にも、お菓子やカップラーメンを食べた記憶が微かにある。おそらく、この甘いお菓子も食べたのだろう。
「おいおい、勘弁してくれよ……この年で記憶障害は堪ったもんじゃないぞ」
海殊はぼやいて洗面台に行くと、そこにはアメニティの歯ブラシが"二本"置かれていた。どちらも使用済で、そのうちの一本昨夜は自分が使った事で間違いない。だが、もう一本は……?
先程から、そこかしこにある違和感。それは海殊以外に誰かがいたのではないか、と思わされるものだった。
だが、海殊の記憶には一人でこのコテージに来た記憶しかないし、一人で過ごした記憶しかない。
何とも気持ちの悪い感覚だけが、彼の周囲に残っていた。その気持ち悪さは決して気味の悪さではなくて、『何かが足りない』というモヤモヤとした何かだった。自分にとって大切なものが欠けている気がしてならないのだ。
スマートフォンの記録を辿ろうにも、電池が切れてしまっていて、うんともすんとも言わない。充電器が入っている学校の鞄を家の玄関に叩きつけてそのままここに来てしまったので、充電できなかったのだ。
仕方なしに帰り仕度をして、そのままコテージを後にする。代金は昨日に払ってあるので、もう帰るだけだ。
駅までのバスが運よく来ていたので、それに飛び乗って山を後にする。
バスの中から見る景色は、どこか虚しかった。寂しくて胸が痛くなる。だけれど、どうして自分がそんな気持ちになるのか、海殊にはさっぱりわからなかった。
それに、行きのバスでは楽しかったのを覚えている。これで人の目を気にせずとも良い、と気楽に"笑い合っていた"記憶があった。
(待て……俺は、誰と笑い合っていた?)
昨日、このバスには誰かと乗っていた気がする。しかし、それが誰だか思い出せない。
(地元の子と仲良くなった、とかか? それで、コテージで遊んでいた、とか?)
そう考えて、待て待て、と自分の思考を否定する。
そう、彼の記憶には、昨日一人で過ごした記憶しかないのだ。だが、その記憶はとてもあやふやで、まるでキツネにつままれたかの様な気分でもあった。
記憶はないのに、誰かと過ごしていた形跡と感覚が、海殊の中には確かにあるのだ。
(神隠しに遭った気分ってのは、こんな感じなのかな)
結局、バスの窓から景色を眺めていても、記憶の手がかりは一切なかった。ただ虚しい気持ちと喪失感、それとはっきりしないモヤモヤだけが彼の中に残っていた。
それは家に帰るまでの電車の中でも同じだった。ただただ何かが欠落した感覚と、どこか悲しい気持ちだけが胸を締め付けていた。